【喜びと悲惨の人生の分かれ道】実際にはあなたの人生に関係ないことを、毎日心配し、話題にし続けることが人生の最大の損失

先日は、生理痛の浄化ほんとうにありがとうございました!
浄化が始まると痛みの範囲がどんどん小さくなっていくのが分かりました。
全身からのすごい汗で脱水症状なのか震えながらメールをしました(*>д<)
痛みの中、この原因はなんだろうとぐるぐる考えましたが分かりませんでした
榎本さまから、最後に頂いたメールに『何か生きて行くうえでお金とか、パートナーとかに対する恐れがないかチェックしてみてくださいね。』とありましたので考えました。
両方ともありますΣ(゚Д゚;)

年金とか、老後のお金とか考えると、不安でどんよりして、消えてしまいたくなります。貯金もほとんどないので…
また、パートナーについてなんですが、・・・

引き寄せとか、榎本さまのブログを読んで思うことが実現するというのは、自分の体験からも分かっているつもりで、恐れとかがあることに意識をむけるのではなく、自分の希望する状態とかに向けるようにはしていましたが…昨日のあの激烈な痛みを思うと全然変わってなかったのかなあと思いました(*T^T) H( 2017年7月5日 0:52)

「それに気づくことがいいことなんですよ!

というのはそれに気づかず結婚とか大きな決断をしますよね。

その動機の根底には「不安や恐れ」がありますから、その関係もその「不安や恐れ」を反映したものにならざるを得ません。

引き寄せの法則は常に「本音」の部分に働くからです。

ですから自分に向き合い、人生を「不安や恐れ」から動機づけるのではなく「自分にとって喜びとは何か」から動機づけることが大切なのです。

自分にとって喜び溢れる仕事、自分にとって喜び溢れる行動は何か、それを追い求めます。

その過程で同じく自分にとってのよろこびを追求している人と喜びを分かち合う人、が現れます。

そういう関係は「喜びの分かちあい」の関係ですから、喜び溢れるいい状態が続くのです。

自分の行動、関係、人生を創り上げる「本音の動機」が何なのか。

それが人生の質、人生の基調、を創り上げていくのです。」榎本(2017年7月5日 1:01)

ご返信ありがとうございます(*^-^)
何度も読み返しました(*>д<) 気づくことで、不安や恐れは消えますか? 自分では、大丈夫なつもりだったけど何かのきっかけでまた、同じ思考パターンになってると気づくことがあります。 気づいた度に、在りたい思考パターンを決め直したら戻りにくくなりますかねぇ? >「自分にとって喜びとは何か」から動機づけることが大切なのです。
と、ありました。
自分の好きなことやわくわくすることはなんだろうと、考えるのですが、自分に自信というか軸がないので、すぐにこんな風に考えて大丈夫かなぁとか思います。すると、とたんにわくわくが消える(*T^T)ということを繰り返し、結局は自分の軸がないからだ!となるのですが、自分のハートで考える、、、これでいいのかなあと変なループにやっぱりはまります。

仕事も、喜びから探したいのですが、よくわからず、・・・

喜びのある仕事ではないにしろ少しでも稼ぎながら、心からの喜びがある仕事を考えようと思っていますが、道のりがわからずげんなりしてます(*T^T) H(2017年7月5日 22:07)

「不安や恐れ」って何ですかね?

何か失敗すること、今以上に悪くなることを心配することですよね。

ドイツに3500億円の資産があるのに悲観して自殺した人がいるんですよ。

相場に失敗し7000億円が半分になったからです。

3500億円あっても、「見方」によっては絶望なんです。

もう生きていくことができないのです。

すべては「見方」なんですよ。

現時点がどこであれ、どの地点でも悲観的な「見方」があり、どの地点にも楽観的な「見方」があるのです。

要は希望の見えない「見方」をどう希望の見える「見方」に変えるかなのです。

あなたのいる「見方」は、世界の平均である月収5千円くらいの人たちから見れば、3500億円の資産があっても悲観的な見方しかできない人と同じです。

あなたが3500億円の資産を持ちながら自殺しようとしている人を思いとどまらせる時、何と説得するでしょうか?

あなたにはまだこんな可能性があるじゃないか!失ったことから関心を離し、今あるもの、そしてこれからの可能性に関心を向けなさい!と言いますよね。

これは月収5千円の人から、3500億円の資産がある人まですべての人に共通したアドバイスなのです。

一番強い人というのはどういう人でしょうか。

「不安や恐怖」がない人です。

恐れるものが何もない人です。

それはどの時点でも「今さら失うものは何もない。」と考えた人なんですよ。

事業家でも事業が傾き始めて、焦って不安になって、何とかしようと必死になるとどんどん傾いていきます。

意識が防戦一方になっているからですよ。

あるどこかの地点で「今さら失うものは何もない。」と考えた時点で反転が始まるのです。

もう恐れがなくなったからです。

「恐れがなくなった」ことにポイントがあるのです。

内面に「恐れ」があるうちは、それが現実化してしまうんですよ。

現実化は必ず「本音」の部分に働く

現実化は必ず「本音」の部分に働くからです。

ですから「今さら失うものは何もない。」という地点に早く立った方がいいのです。

そして、「今私は人生の底である」と考えている人ほど、そう思いやすいのです。

だからあなたは有利なんですよ!

戦後多くの日本人が空襲などで家も仕事も失いました。

もうそうなると「今さら失うものは何もない。」と思うしかなのです。

実際「失うものは何もない」ですから。

しかしそうなったら人間は強いんですよ。

家もなく仕事がなくても、空襲されないだけマシじゃない!

「色々考えてもしかたがない前を向いて歩こう」!

そして、もう「失うものは何もない」と考えた人たちが、本当に何もないところから今の日本を復興させていきました。

どんなに豊かな地点にいても、不安や心配、悲観はあるし、どんなに何もないところでも、夢や希望、可能性はある

先日、あるテレビによく出てくるグラマラスな芸能人とつき合ったことがある人と一緒に食事をして、お酒を飲みました。

そしたらその彼女がマンションに帰ってくると、しょっちゅう鏡を見ては「次はどこを整形しようかしら?ねえどこがいい?」と不安になってそんな話ばかりしているというのです。

たしかにプロポーションはよかったけど、もううんざりしたと言っていましたよ(笑)

結局別れたそうです。

私たちから見れば一見成功者のように見える、
3500億円もっている人であろうと、よくテレビに出る芸能人であろうと、不安や心配におののいている人はいるのです。

不幸ですよ!

その人の持っているモノとか、華やかな外見だけでなく、その人のオーラ、目の輝きを見なくちゃいけない。幸せかどうか。

それが本当に参考にすべき生き方をしている人ですよ。

私が今、世の中を見渡して、一番幸せにそうに見えるのは、校庭で「きゃ~」と鬼ごっこして群れて走り回っている小学生とかですね。

彼らのオーラ、目の輝きが一番幸せそうに見えます。

幼稚園児、赤ちゃんもそうですよ。

何でも無邪気に挑戦します。

彼らには「失うものは何もない」のです。

自分が何かもっていることさえ知らない。

そういうことは意識にないのです。

ただ「ん?何だろう?おもしろそうだな。やってみよう!」

それだけなんですよ。

 イエスは幼な子を呼び寄せ,彼らのまん中に立たせて言われた,

「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ,天国にはいることはできないであろう。」マタイ 福音書18章

どの人も、人生のすべての地点において、すべての可能性があります。

3500億円もっている人であろうと、

テレビに出ている芸能人であろうと、

空襲で家も、仕事も、家族も失った人であろうと、

あなたであろうと、わたしであろうと、

人生のすべての地点において、すべての可能性があります。

幼子は自分が何か失うものを持っているとは知らないのです。

だから不安も心配もありません。

イエスの言う「幼子のようにならなければ」というのは、

「失うものが何もない」状態です。

希望と好奇心と挑戦しかない状態です。

幼い子供たちは、まったく心配していません。

根拠のない自信をもっている。

不安と心配が心を占めてきたら、

もう「失うものは何もない」と思ったらいいです。

これをマントラにしたらいいです。

不安、心配が心を占めそうになる瞬間に、

「もうこれ以上失うものは何もない」とつぶやくのです。

開き直りですよ。

まな板の上の鯉ですね。

ん?そうするとまだ、あんな可能性もあるじゃないか、こんな可能性もあるじゃないか、と見えてきます。

不安や心配が心を占めているということは、まだ開き直ってないんですよ。

だから見えない。

さっさと開きなおった方がいい。

世の中は3500億円の資産があっても悲観して死ねるし、

空襲で家も、仕事も、家族も失なおうと、希望をもって生きていける。

どの人も、人生のすべての地点において、すべての可能性を選べます。

そして、最終的にその人が選んだことは誰にも止められないのですよ。

3500億円あっても悲観して自殺する人を誰も止められない。

空襲で家も、仕事も、家族も失なっても、希望をもって生きていく人を誰も止められない。

どの人も、人生のすべての地点において、すべての可能性を選べるし、その人が選んだことを誰も止められないのです。

なら、あなたは、あなたの今いる人生の地点において、どのような可能性を見ますか。

どのような可能性も選べるし、あなたが選んだことを誰も止められないなら、自分にとって最も素晴らしい「見方」をしたらどうですか?

「失うものは何もない」

「なんとかなる」

それを自分のマントラにしたらいいのです。

くる日も来る日も、「失うものは何もない」「なんとかなる」と言い続けます。

不安、心配が頭をよぎりそうになる瞬間に、「失うものは何もない」「なんとかなる」と切り替えます。

不安、心配の考えを放置してあれこれ考えだすと、いくらでもドツボにはまるからです。

「不安・心配」は「未来に関する実体のない空想」だからいくらでも何時間でも思えるのです。「もし~になったら・・・」にはキリがないからです。

だから、「失うものは何もない」「なんとかなる」とで断ち切ります。

テレビを見ないことをお勧めしますよ。

テレビはやれここでテロが起こっただの、紛争が起こっただの、ネガティブなニュース、病気の話などがあふれかえっているからです。

自分の中に「不安、心配」の種がある人はそういう情報に接するとすぐに、ネガティブ思考が活発になります。

そして、「もし~になったら・・・」と想像し、ずっと心配し、そんな話題ばかり人と話している。

そりゃそういう現実を引き寄せますよ。

日本をみたらテロもないし、暴力もない、今日も水道も出るし、電気もある、電車も正確です。素敵なカフェは今日も営業している。

何もないんですよ。

何もないこの清潔で安全な日本に住んでいながら、テレビではロクでもないことばかり報じている。

それはあなたの人生に関係ないことです。

そういうことは、あなたが警察庁長官か、厚生労働大臣、防衛大臣になってから考えたらいい。

実は、実際にはあなたの人生に関係ないことを、毎日心配し、話題にし続けることが人生の最大の損失なんですよ!

もう一度言います。

実際にはあなたの人生に関係ないことを、毎日心配し、話題にし続けることが人生の最大の損失なのです。

そのことによってあなたは、人生そのものである自分の時間、すなわち自分の命を無駄にし続けているんですよ!

人生そんな自分に関係ないことに関わりあっているほど暇ではないのです。

いつの時代にも、人生のどの地点でもネガティブの可能性もあるし、ポジティブの可能性もある。

永遠にそうです。

縄文時代もそうだし、江戸時代もそうだし、現代でもそうだし、未来でもそうです。

人生のどの地点でもネガティブの可能性もあるし、ポジティブの可能性もあるというのは変わらないのです。

あなたが何時代に生きようと、今人生のどのステージにいようとそれは変わらないのです。

「常に、今の中に喜びと可能性を発見していくしかない。」のです。

それがあなたの仕事、私の仕事です。

それ「だけ」が仕事なのです。

あなたが今の中に喜びと可能性を見つけることの役に立たないものはすべて人生から断捨離します。

なぜなら、それ以外の時間はあなたの人生を喜びと可能性に満ちたものにするこに貢献しないからです。

パートナーについても同様です。

もしあなたが人生のパートナーを決めるという人生の大きな決断をするのに「不安や心配」を動機にしていたら、そういう相手を引き寄せます。

そして、そのパートナーとの生活は「不安と心配」を基調にしたものになります。

なぜなら「始まりの動機」がそうだからですよ。

そんな動機から人生の大事なことを決断し、結婚などしてがんじがらめにするから人生がややこしいことになっていきます。

自分の中に「不安は心配」がある時、パートナーを決めるべきじゃないし、人生の大きな決断をすべきではありません。

それが固定化され、それを脱するのに大きなエネルギーがいるからです。

何か大事なことを決めるなら、少なくとも、「もう失うものは何もない」「なんとかなるさ」という心境になってからにすべきです。

「今の中に喜びと可能性を発見」しはじめてからにすべきなのです。

もしあなたがそうなら、パートナーも「今の中に喜びと可能性を発見」する人を引き寄せます。

お互いにそれを分かち合うのが喜びの人生ですよ。

もし人生のパートナーが「今の中に不安を心配を発見」する名人だったらどうしますか?

それが悲惨な人生です。

まず自分が「今の中に喜びと可能性を発見」する人になるべきなのです。

その生き方を先に固めるべきです。

なぜなら、何時代に生きようと、今人生のどのステージにあろうと、常にすべての可能性があるからです。

自分の人生に何を選ぶかは常にその人が最終決定権を持っています。

その人が3500億円もちながら悲観しかできなければ、その人が自殺することを誰にも止められません。

その人が焼け野原に「喜びと可能性を発見」することを決めたら、それを止めることは誰にもできません。

あなたが幸せになりたければ、いつの時代に生きようと、人生のどのステージにいようと常に「今の中に喜びと可能性を発見」する人でいなければならないのです。

簡単なことですよ!

だって、すべての可能性は常に存在しているのですから。

だた「それを見て」「それに気づき」「それを選ぶ」だけです。

そうすると人生は自然にそちらに向かっていきます。

意識が「今の中に喜びと可能性」しか見ていないのですから、そうならざるを得ないのです。

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