【メタモルフォーゼ14】気づいたときには自分の選択を 「親が安心するもの」「世間体がいいもの」といった、外側を基準にして生きてきました。

メタモルフォーゼさんがしっかり自分の人生を振り返りメールをくださいました。

私はいつからそうなのか忘れましたが、気づいたときには自分の選択を
「親が安心するもの」「世間体がいいもの」といった、外側を基準にして生きてきました。
自分がしたいこととか、自分の感 情とかは全く無視で、自分が置き去りでした。
自分自身がどう生きたいかとか、どんな人生にしたいかとか、あまり真剣に考えたこともなく将来の夢も「叶ったら奇跡の夢物語」くらいに大きくて遠いものとしか考えてなかったんです。
高校に進学して、大学に進学して、企業に就職して、25歳くらいで結婚する。
それが普通で、それが当たり前だと思っていました。
母親が私を産んだのが25歳の時だったので、私もそうなんだろう。くらいに思っていました。
・・・
私の孤独感とか不安感、一人になる恐怖みたいなものってきっと、
2歳のときに弟が生まれて、両親や周りの愛や関心を一気に全部弟に取られたと勘違いしたことが根っこにあるんじゃないかなと思っています。
そのときの 記憶はないけど、多分そういう勘違いをしたんだろうな~って。
実際にはまったく平等に愛されていたと思うんですけどね。
それから、両親の愛はいつも感じて育ちましたが、けっこう遠慮しあってる家族だったというか、あまり本音をぶつけあったことがないんですよ。
それも寂しさの原因かなと思います。
親に弱音を吐いたこととかないんです。
だから、人に弱いところを見せるとか、とても苦手です。
でも、そういう過去のトラウマみたいなのはもう今はどうでもいいんです

「けっこう遠慮しあってる家族だったというか、あまり本音をぶつけあったことがないんですよ。」と書かれていますが、とてもよくご自分を見つめて本音で書かれていますね。

私は本音はいつでも大好きですよ。

私はいつからそうなのか忘れましたが、気づいたときには自分の選択を
「親が安心するもの」「世間体がいいもの」といった、外側を基準にして生きてきました。
自分がしたいこととか、自分の感 情とかは全く無視で、自分が置き去りでした。

それは非常に重要な気づきです。

それが「本当の自分がない」理由です。

ここからボタンの掛け違いが始まっているんですよ。

「親が安心するもの」「世間体がいいもの」といった、外側を基準にして生きてきました。

「親が安心するもの」「世間体がいいもの」も「一時的な価値観」なんですよ。

「親が安心するもの」を選んでも通用しない。

通常親は子よりも先に身体を離れます。親が安心することをやっていても、親が先にいなくなることはほぼ確実なのです。

それに親は当然ながら1世代前です。

例えば1世代前はインターネットもなかったのですよ!

1世代前と今の世界は「違う世界」です。

親の世代の価値観は通用しないのです。

それに生物は進化していることはご存知ですよね。

後に生まれる生命は、前の世代よりも進化しています。

つまり生命が進化しているということは、後の世代の方が親の世代よりも優秀だということです。

それは生命の原則のひとつです。

上の世代は子供に学ぶ姿勢が大切なのです。

「世間体がいいもの」とは

世間体って結局人の目ですよね。

世間体ってまあ、世の中の意見、世論です。

世論って、往々にして間違っていますよ。

まぁ例えば今の自民党政権は「世論」の圧倒的支持を受けて現在国会で3分の2以上の絶対安定多数を得ているわけですが、モリカケをやらかしていますよね。

まあ世論というのはその程度のものなのです(笑)

世間の価値判断というのはその程度のものですよ!

例えばたった数十年前は鬼畜米英!欲しがりません勝つまでは!とかやっていたわけです。

それが「世論」「世間体」だったわけです。

しかし、戦争に負けると、一変してしまった。

そのくらい「世論」「世間体」というのは「人工的」であり「一時的」ではかないものです。

ワイドショーを見れば「世論」「世間体」というものがどういうものかよくわかります。

いい時は「わぁ~」ともてはなし、旬を過ぎたら、スキャンダルをほじくり出して地に落とす。まぁそんなことばかりやっている。

旬を過ぎたタレントさんは、何とか「世間の関心」を引こうと、脱いだり、奇異な行動をする人もいる。

まぁ要するに「世間」というのは移り気であり、一時的なものであり、「人目を気にして」行動するというのはみじめなものなのです。

気づいたときには自分の選択を
「親が安心するもの」「世間体がいいもの」といった、外側を基準にして生きてきました。
自分がしたいこととか、自分の感情とかは全く無視で、自分が置き去りでした。

人の本質は永遠の魂 苦しい人生の正体

人の本質は永遠の魂です。

あなたの本質である永遠の魂の欲求は、「親が安心するもの」よりも、「世間体がいいもの」よりも、あなたのとって根源的なものです。

親は先に身体を離れます。「世間」というものは実にうつろいやすいはかないものです。

そういう「一時的なもの」に右往左往していたら、人生はどこにも行きつかないのです。

それが「苦しい人生の正体」なのです。

「親が安心するもの」「世間体がいいもの」も「一時的な価値観」

「親が安心するもの」とか「世間体がいいもの」などという「一時的な価値観」なのです。

いつか通用しなくなるのです。

その一時的な尺度に自分を何とか合わせようと必死にがんばる。

それは「本来の自分」じゃないから、なかなかうまくいきません。

スミレがひまわりになろうと努力するようなものだからです(笑)

なかなかうまくいかない上に、何年も努力していると、なんだか様子が違ってくる。

「あれ?」

「以前の親の価値観」「以前の世間の価値観」は時代の流れによって通用しなくなっている。

「外側を基準にして生きる」と「常に」そういうことが起こります。

「常に」です。

どんなに立派に見える尺度でも外に「絶対の尺度はない」のです。

立派に見える尺度でも外に「絶対の尺度はない」

これが非常に重要な理解です。

時間や空間のような「絶対」と感じられる尺度でさえ「相対」であったことは、アインシュタインが証明しました。

つまりどのような「絶対に見える尺度」でも、それは幻想であり、「外の尺度に従って生きるということ自体が間違い」なのです。

 自分がしたいこととか、自分の感情とかは全く無視で、自分が置き去りでした。

「自分がしたいこと」「自分の感情」に自分の魂の欲求が現れます

「自分がしたいこと」「自分の感情」に自分の魂の欲求が現れます。

私はよく「ハートの喜び」と表現しますが、「何だか私はこれをしたい」というようなフィーリングですね。

魂は実は「感情」を使って私たちとコミュニケーションしているのです。

例えば「情熱」です。

何か自分の仕事や自分のやっていることに「情熱」を感じていれば、あなたは自分の魂の欲求に従っている可能性が高いのです。

人生に意義を感じ、人生に喜びを感じている状態です。

そういう「状態」、そういう「内面」が実は一番大切なものです。

もちろん一時的なものではダメですよ。

それはただの「思いつき」みたいなものです。

「ずっと何年も継続する情熱の方向性」みたいなものです。

そういう内面のものに突き動かされているとき、「自分がしたいこと」「自分の感情」に自分自身や自分自身の人生がフィットしているように感じます。

それがとてもいい状態です。

自分の魂が見えない世界への窓です。

人には誰もが守護霊がついています。

その守護霊はその人の魂を通じてコミュニケーションしているのです。

そして自由意志は絶対ですが、ある人が自分の自由意志によって「ある志」を持ったとしますね。

そうすると、その人のふさわしい守護霊団がつきます。

それは見える世界と同じで、ただ「類は友を呼んでいる」だけなのです。

例えば「悪い霊が憑いた」などと言う話がありますね。

実際に憑きます。

誰にも霊は憑いているんですよ。

ただ「類は友を呼んでいる」だけなのです。

例えば「セックスやお金、遊びが人生の価値」と思っている人がいるとしますね。

そういう人は「セックスやお金、遊びが人生の価値」と思っている霊が憑きます。

「セックスやお金、遊び」というのは物質的な肉体をもつ存在の価値観ですから、そういうものに執着しているいわゆる地縛霊ですね。

地上的な欲望に執着している霊ですね。

酒飲みの人には、酒に執着している霊が憑きます。

麻薬中毒の人には、麻薬に執着している霊が憑きます。

そんな感じです。

ただ単に「類は友を呼んでいる」だけです。

自分がある魂の欲求に従って、「ある志」を持ち、それに情熱を感じ続けているとします。

まぁそれは自分の人生で本気である!ということを本音で示すことです。

ああ、見えない世界では何であれ「本音」が重要です。

「自分が言ったとバラすと悪いことがある」みたいなことがモリカケとか、力を持っている人はよくやりますが、あちらの世界にはすべて「本音」が見透かされていますからね。

当然ネガティブな霊が憑きます。

霊というのは肉体のない存在ですから、地上にも強盗殺人犯のような人もいれば、いい人もいるとの同じように、霊も同様なのです。

身体を離れたからと言って、急に悟りを開いたりしません(笑)

もし自分が自分の魂の欲求に従って「ある志」を持ち「本音の情熱」を持ち続けたとします。

そうすると、魂から自分の守護霊を通じて、守護霊団に伝わります。

人は人生のステージによってつき合う人や友達のグループが変わりますよね。

類は友を呼びます。

霊の世界でもまったく同じことが起こります。

もし自分が自分の魂の欲求に従って「ある志」を持ち「本音の情熱」を持ち続けたとするとそれにふさわし守護霊団がついてくれます。

するとその自分が思考した意志が魂を通じて守護霊に伝わり、守護霊団に伝わり、その守護霊団のもつ広大な視点からインスピレーションをもらえたり、私で言うなら遠隔浄化などを助けてもらえます。

なんだかやることなすことうまくいくなぁというようないわゆるシンクロニシティーを経験しやすくなります。

そうすると自分の人生もとてもスムーズになるのです。

いずれにしても霊は「自分の本音の欲求」がどんどん実現することを助けてくれているだけですね。

自分自身がどう生きたいかとか、どんな人生にしたいかとか、あまり真剣に考えたこともなく将来の夢も「叶ったら奇跡の夢物語」くらいに大きくて遠いものとしか考えてなかったんです。

どうして「自分自身がどう生きたいか」、「どんな人生にしたいか」を真剣に考えないのですか?

どんなことであれ強い感情を伴うものは実現力が大きいのです。

例えば何かに激怒して「こんな会社辞めてやる!」と啖呵を切れば、会社は辞められますね(笑)

誰かに「もう別れてやる!」と激怒して言えば、結構そうなりがちです。

「自分自身がどう生きたいか」とか、「どんな人生にしたいか」とか、についてもあまり真剣に考えたこともなく将来の夢も「叶ったら奇跡の夢物語」くらいに大きくて遠いものと感じていたら、それはやっぱり遠いものなんですよ。

「思考は現実化」します。

本音が重要なのです。

あなたが「自分自身がどう生きたいか」、「どんな人生にしたいか」あまり真剣に考えたこともないなら、あなたは「どう生きたいか」「どんな人生にしたいか」ということはあなたにとっては重要ではないのです。

自分自身を大切にしないとはそういうことを言うのですよ!

あなたが「自分自身がどう生きたいか」、「どんな人生にしたいか」あまり真剣に考えたことがないなら、あなたの人生について真剣に考えている人など、この世には一人もいないということです。

だからただ流されるだけの人生になってしまうんですよ!

どうして「自分自身がどう生きたいか」、「どんな人生にしたいか」を真剣に考えないのですか?

自分自身の人生において、何か自分がしたいことを現実化し体験するほど、おもしろいゲームはないのではないですか?

どうしてそんな人生で最もおもしろくエキサイティングなゲームに無関心でいられて、あなたがテレビやネットで毎日みているような、「あなたにとってどうでもいい」ことばかりに関心を向けるのでしょう?

それもはっきり言って洗脳ですよ!

あなたにとって、最高におもしろいエキサイティングなゲームはあなたの人生です!

あなたが「自分自身がどう生きたいか」、「どんな人生にしたいか」を真剣に考え、現実化し体験するほど、おもしろいゲームはありません!

ほかにどんな重要なことがあると言うんです?

あなたにとってそれ以上に重要なことは一切存在しません。

「自分自身がどう生きたいか」、「どんな人生にしたいか」を真剣に考え、情熱を燃やすのです!

高校に進学して、大学に進学して、企業に就職して、25歳くらいで結婚する。それが普通で、それが当たり前だと思っていました。

母親が私を産んだのが25歳の時だったので、私もそうなんだろう。くらいに思っていました。

まぁそれは女性クリスマスケーキ論ですよね。

女はクリスマス25までに結婚しろと、それを過ぎたらクリスマスケーキは価値が下がって投げ売りというやつです。

それって当時の「世間の価値観」ですよね?!

今はすっかりなくなりました。

まあ「世間の価値観」というのはそんな風に移ろいやすいものです。(笑)

両親の愛はいつも感じて育ちましたが、けっこう遠慮しあってる家族だったというか、あまり本音をぶつけあったことがないんですよ。
それも寂しさの原因かなと思います。
親に弱音を吐いたこととかないんです。
だから、人に弱いところを見せるとか、とても苦手です。

そうですか!

私はこのメールは本音のメールに感じますよ。

本音をぶつけてくださっているから、私もこうして「メタモルフォーゼシリーズ化」して本気でおこたえしているわけです。

大切なのは本音の部分なんですよ。

建前を言い合っても何も本質的なことはわかりませんからね。

建前論を振りかざす人の前からは私は「静かに立ち去ります」(笑)

元気にあいさつだけしますけどね(笑)

お互いにかくかくしかじか私は人生でこういう関心をもっている。

つきましては分かちあえるものがあるなら、わかちあいましょう。

お互いに興味関心が一致しないなら「よい旅を!」ということですね。

そのためには自分について本音で語らないと話は始まらないのです。

でも、そういう過去のトラウマみたいなのはもう今はどうでもいいんです。

過去にどう感じていたとしても、これからどういう世界を創っていきたいかのほうが大事だから。

つづく・・・

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『【メタモルフォーゼ14】気づいたときには自分の選択を 「親が安心するもの」「世間体がいいもの」といった、外側を基準にして生きてきました。』へのコメント

  1. 名前:神田 投稿日:2018/04/03(火) 20:08:52 ID:a9384fa57 返信

    メタモルフォーゼ、とっても解りやすくて有り難いです‼
    これで本が一冊できますね。(*^-^*)

  2. 榎本 名前:榎本 投稿日:2018/04/03(火) 20:10:56 ID:0488ea4a3 返信

    ですね~

    いい問いを発してくださるので、私も書き甲斐があります!^^

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