ヨーロッパの泉(水飲み場)について

巡礼路にはところどころ水飲み場が作ってある。

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ここでは石の両脇から水がちょろちょろ出ているのだが、水飲み場では必ずと言っていいほど水が貯めてある。

貯めてある水はとても人間が飲める状態ではない。

しかも、ここなどは山奥で人家も畑もなく、洗い物につかったり、畑にまいたりすることもできない。

こういう山の水場は冷たくておいしいことが多いので、ペットボトルの水をいったん捨てて新しい水に詰め替える。

私はこの貯めてあるところに水をじゃじゃっと捨てていた。

しかし、若いヨーロッパ人の巡礼者がこういう水場に来て同じように水の詰め替えをやっているのを見ていると、わざわざ左端の貯めていないところまで移動して水を捨て、改めて石のところに戻ってきて水を入れていた。

つまりこの貯めてある水は「利用する」ということが前提になっているのだ。水を捨ててはいけないのだ!それはヨーロッパでは若い人でも知っている文化だ。

おそらく水が貯めてあるのは、馬などの家畜の水飲み場なのだろう。

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スペインの内陸部では水は貴重なものだ。

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水がない土地では畑も牧畜もやりにくい。

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やはりこういう乾燥したところの集落では、生活が苦しそうだった。

水の湧き出るとこでは水路を細く深く掘り、両側を植物でおおいできるだけ蒸発を防いでいる。

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水が豊かな地域は乾燥した地域よりもぐっと豊かなのである。

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ヨーロッパにおいては、水は貴重なもので豊かさのシンボルなのだ。

街に入ると結構大きめな水場に立派な彫刻が施されていたりする。

だからローマ人は水道橋を作ってローマに水を引き、それで街の中心に豪華な噴水を作って、どうだ!すごいだろう!とその豊かさを誇示したのだろう。

ローマのトレビの泉もローマの水道橋の終端に作られた。

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ローマのトレビの泉。

その街についた旅人はまずは水場(泉)に行き、自分も水を飲み、馬に水を与えなければならない。トレビの泉が現在の形になったのは1700年代だが、それにしても長旅をしてローマについた旅人はこのような豪華な泉を見て、びっくり仰天、腰を抜かしたに違いない。

日本みたいに、雨に恵まれている国ではどこにでも水田があり、水を誇示して威張ることはできない。だから遠くの水源から街まで水を引いて飾り立てた泉を作る文化もない。

しかしヨーロッパではこれだけ水をふんだんに使うために水道橋という高い土木技術を用いねばならず、それができるローマはこうして立派な泉を街の目立つところに作り、その豊かさを誇示したのだろう。

このトレビの泉の中央は水を司る神のポセイドン、左は豊穣の女神ケレース、右は健康の女神サルースだ。

はやり水は豊かさと健康のシンボルなのだ。

それぞれギリシャ神話の神様で紀元前のキリスト以前から存在している。

ちなみに、スペインではお酒を飲む時「サルー!」と言って乾杯する。

「健康に!」という意味だが、ギリシャ神話の健康の女神、サルースに杯を捧げているのだ。

キリスト教のみならず、それ以前のギリシアの文化がスペイン語まで深く浸透している。

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