自分で決めた魂のテーマとは

前の投稿で「自分で決めた魂のテーマ」というのが出てきました。

誰にも永遠に存在する魂があります。

死後も「個性として永続する」霊体があります。

ですから、その永遠に続く実体である魂が地上でしたかったことをするのが幸せな人生です。

魂のテーマと言うと、何か大仰なことを想像する人がいるかもしれませんが、ぜんぜんそんなことはありません。

実は今「あなたが思っていること」があなたのテーマなのです。(思わされていることは魂のテーマではありません)

それはご飯をお腹いっぱい食べたいとか、そんなことであることも多いのです。

魂のテーマというのはそんなものです。

なぜなら、前世で最後に思い、「ああもっとそうしたかった!」ということが地上への執着となって、それを実現するために転生するからです。

例えば飢饉の時代、餓死した人はたくさんいました。

そういう人は「ああお腹いっぱいご飯が食べたい」と思いながら死ぬ人も多かったのです。

たかだか数十年前の戦前戦後を経験した人は誰もが「お腹いっぱいご飯が食べたい」と思っていたのです。

その頃亡くなった人も「お腹いっぱいご飯が食べたい」と思ってなくなった人がたくさんいたでしょう。

そうすると神様は慈悲深くも現代の先進国のように誰もがお腹いっぱい食べられ、むしろ「いかに痩せるか」ということに関心を持つ人が多いような時代に転生させてくれます。

そういう人は思いっきり食べることを満たせばいいのです。

そうすべきです。

心の底からそうしたかったのですから!

しかし心ゆくまで食べたら、いつまでもそれに執着することはありません。

ああ、よかった。

ご飯がお腹いっぱいたべられた。しあわせ!と思い、体が求める以上の食事をするのをやめるべきです。

もう自分の必要性は満たしたのですから。

お腹が空いていないのに習慣でご飯を食べるのをやめたらいいのです。

そうしないと、バランスが崩れて肥満になり病気を生じます。

ですから、「お腹いっぱい食べられる」ということを経験したら、もうその執着はすっかり落とし、その部分についてはバランスさせなければいけません。

つまりニュートラルです。

お腹が空いたら体の求めに応じて食べる、ということです。

最近はこれも飽きた、これもたいしておいしくないなどという人もいますが、簡単なことです。

運動して、お腹を空かせばいいんです。

どんなものでもものすごくおいしく感じます。

どちらかというと、食べすぎで腸に宿便が溜まっている人が多いですから、断食でもすればいいんですよ!

とても気持ちがいいです。

そうして、一度アンバランスになった食に関することをバランスさせると、もう食に関することが問題になることはありません。

自分の体に耳を傾けて食べますから、自然と自分の体に合う食事、食材を選ぶことになるでしょう。

食事は明らかに変化します。

食事に関しては「中庸を得た」わけです。

これが老子のいう中庸です。

人生のすべての局面で、お金のことで、家庭生活で、人間関係で、社会生活で・・・

バランスさせていく。

中庸を得ていく、そうするとそれが病気や症状を生み出す原因になることはありません。

今、自分がアンバランスになっているところをいかに見つけてバランスをとっていくか。

それが魂の学びです。

例えば今生お腹いっぱい食べられるようになったけど、愛情豊かな家庭生活を築けなかった。

愛情面では満たされなかった。

そうすると次の転生では、豊かな愛情のバランスのある生活を自分にもたらすことが自分のテーマになります。

人生は人それぞれです。

例えば、前世であるふたりが愛し合いながら、さまざまな事情で思いを遂げられなかった。

家長の許可の下に家のために結婚することは、戦前の明治憲法以前の日本ではごく当たり前のことでした。

戦後も根強く残りました。

そうすると、その人は親が許した人と結婚しますが、胸に熱いものを感じたあの人と一緒に暮したかったという思いを内に秘めて生涯を閉じる人もいます。

そうするとあの人と愛しあいたいという思いを果たすために転生することになります。

それが今生の「自分で決めた魂のテーマ」になります。

それを自分で忘れ、生活の安定のため、手近な人で妥協すると「何か満たされない思い」が残ってしまいます。

その家庭生活も真に愛情豊かなものになりません。

仮面夫婦ですね。

ですから、あの時目があって胸に熱いものを感じたあの人に勇気をもって打ち明ければよかったのです。

神様や守護神様はふたりの転生のタイミングを見計らい、それが今生成し遂げられるよう、出会いを設定してくれたはずなのです。応援してくれていたのです。

胸がしめつけられる切ない思いをしたはずなのです。

でもその勇気がなかったら、「自分で決めた魂のテーマ」は果たせなくなってしまいます。

きっとそれはその人に「愛よりも大切なもの」があったのでしょう。

社会の常識とか、親の目とか、自分の外部の尺度に対する見栄やこだわりとか・・・

しかし「神は愛」であり、自分の人生に豊かな愛をもたらすことほど大切なことはありません。

ですから、これほどまでに多くの恋愛の歌があります。

その愛が憧れで終わると、今度は豊かな愛を経験するために転生することになります。

要するに今生この命を与えていただいている間に、自分が経験したことをどんどん経験して、

満たされて死ねばいいのです。

家長制などという社会制度は数十年で変化します。

今の社会制度も常識もどんどん変化します。

そんなものに自分をあわせていたら人生は周囲に翻弄されて終わりです。

自分は本当はそうしたいとのに、自分の気持ちにブロックして、自分を無理に周囲に合わせたりしますと、その部分に対応する感情が流れなくなり、チャクラがブロックされ、そのチャクラが対応する臓器がホルモンを供給しなくなり、対応する臓器に症状が現れます。

要するに不自然になっている部分に症状が生じるのです。

「思わされていること」ではなく「自分の内から思うこと」を果たしていくことが大切なのです。

それを今自分が頂いている人生の中でいかに果たしてバランスさせていくか。

今、自分が生きている人生こそ、「自分で決めた魂のテーマ」を果たすために自分で決めた時代であり、自分で決めた場所です。

そして、今の自分が自分の思いによって創造してきた現実です。

「自分で決めた魂のテーマ」に素直に生き、それに従って自分の求める現実を創造する時、症状はよくなっていきます。

そのブロックを解消することが、本当の健康と若さ美しさにつながります。

それは自分が真に生きたい人生を生きるということです。

自分で決めた魂のテーマを果たすとは、「外からの価値観や常識」ではなく、真に自分の内からわきあがる、自分が果たしたかったことをすることです。

それは、「お腹いっぱいご飯が食べたい」ことであったり、目を見て胸が震えた人に思いを打ち明け、豊かな恋愛を経験することだったり、愛情豊かな家庭をもつことだったりすることです。

前世、自分の村から出たことがない人は、自分の知らない世界を見たい、旅し冒険したいと思うかもしれません。

なら、それを果たすのが今生の「自分で決めた魂のテーマ」です。

「自分で決めた魂のテーマ」を生きるとは、聖者になるとか、悟りを開くとか、そんな大仰なものではありません。

今日も自分がネットをブラウジングしているページの内容が真の自分の関心事です。

それを次々果たして経験していけばいいのです。

それを躊躇したり、古いものに執着したり、人の目とか、社会の常識とか、五感の世界で、怒り、不安、ねたみ・・・などのマイナス感情とか
自分の魂からきた「自分で決めた魂のテーマ」に関係ないことに長期に停滞すると、そこにエネルギーのブロックが生じて病気や、機能の低下、老化が生じてしまうのです。

それを解消し、自分の生きたい人生を生きること、それが真の症状の改善です。

思いは実現します。

それに一歩踏み出そう!と決めるだけで、エネルギーのブロックは解消に向かいます。

rengesou
(先日自転車で通りかかりに見た蓮華の花です。)

植物はエネルギーのブロックがなくていいですね!(笑)

ああ、ちなみにこういうエネルギーのブロックのない自然にたくさん接することはとてもお勧めです。

ぜひお散歩やサイクリング、ハイキングなどをお楽しみください。

新緑のこの季節は新芽の生命力が満ち溢れほんとうに気持ちがいいですね!

土いじりもいいですよ。

(あ、ちなみに今も地震で揺れました!昨日からぼちぼち揺れていますが、こちらは平穏無事です。多くの人にお心づかいをいただきました。ありがとうごじます。)

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『自分で決めた魂のテーマとは』へのコメント

  1. 名前:suzuka 投稿日:2016/04/18(月) 10:42:44 ID:b82dd1def 返信

    いつも興味深く拝見しております。

    私には今好きな人がいます。でもその人は既婚者である上に他に好きな人がいます。
    こう言うと良くないイメージですが、どこがいいのかその人が好きなのです。
    これは思っている事ではなくて、思わされている事なんでしょうか。

    こんなに好きでもどうする事も出来ないので、考えずにすむ方法があれば
    知りたいくらいです。
    ほぼその人の事ばかり考えてしまうので、時間がもったいないとさえ思っています。

    こんな事をコメントにのせていいのか迷いましたが送らせていただきました。
    これからも拝見させていただきます。

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