【遠隔浄化筋肉痛とは】「杖を付いて20メートルぐらいでも、痛みで歩くのが困難」2週間後「スクワットを 20回 出来る様になりました〜!」

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就職 1ヶ月目に他人様を抱えて、
第2腰椎を圧迫骨折  ( 労災 )

1年後 仕事に復帰。
〇〇歳の時に 又々 圧迫骨折 ( 第12胸椎 )( 労災 )

2度の脊椎の骨折の為 障害者認定となる。

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歩行は、杖を付いて20メートルぐらいでも、痛みで歩くのが困難です。

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Y(2017年12月22日 19:20)

年末30日より遠隔浄化を開始、

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おかげさまで、ホール内を歩くのも
シャワーを浴びる時も、腰の痛さをあまり感じずに過ごさせて頂きました。

ホールを歩いて お手洗いに行く時など
「 あれ? 今日は、杖なしでも歩けるかも?」ぐらい楽でした。
でも、杖なしで歩いてて転倒などしたら、看護婦さんやヘルパーさんに迷惑をかける事になるので、
一応 杖は持ちましたが、腰ばかりか
足も軽く感じました。

Y(2018年1月5日 18:44)

と、まずまずの出足。

今日は、デイサービスの日でした。
杖なしでホールを歩いたり
デイの洗濯物 ( お風呂あとの、皆さんが使ったタオル )を干す手伝いをする事が出来ました。
              ありがとうございます。
     Y( 2018年1月8日 20:10)

と、なかなかいい感じ。

今朝は、ベッドに腰掛けて、10分足らずの時間の内に
ベッドから離れることが出来ました。

グラグラ感が有り、腰の存在感も しっかり強調してましたが、痛みは軽く伝い歩き出来ました。

〇〇歳の時に2回目の骨折をして以来、こんなに短い時間の内に動けたのは、7年ぶりです!

Y(2018/01/14 7:38)

朝、ベッドの柵を持って、スクワットを20回

出来る様になりました〜!

ありがとうございます。

Y(2018年1月14日 12:44)

おお~

スクワット!

遠隔浄化開始2週間で杖を手放すどころかスクワットまで!

素晴らしい~

使わない部分は機能が落ちますから、できるだけ寝たきりになってはいけないし、車いすも使うべきではありません、杖も手放した方がいいのです。

自分の二本の足で立って歩くことほど素晴らしいことはありません。

体を動かし、散歩し、運動することは素晴らしいことです。

ただ、長い間凝り固まり、動かしていなかった部分を急に動かし始めると筋肉痛がどうしても出ます。

筋力が向上する過程に筋肉痛はつきものです。

筋トレをする人はそのことをよく知っており、「いかに上手に筋肉痛になるように追い込んでいくか」を工夫してトレーニングしています。

今まで動かしていなかったところが、動くようになると嬉しくて、色々と動きたくなるのはわかりますが、翌日きつい筋肉痛に見舞われることがよくあります。

筋肉痛は筋力向上を目指す人の勲章であり、素晴らしいことですが、何事も急に無理するとよくありません。

今まで歩けなかった方は、普通に歩くだけでも、足腰に急な無理となって翌日きつい筋肉痛になるとがよくあります。

一般的に高齢になると、「杖」→「手押し車」→「車椅子」→「寝たきり」の一方通行であり、長年歩けなかった方が、遠隔浄化で歩けるようになると、つい嬉しくて普通に歩いてしまい、翌日きつい筋肉痛になってしまうのです。

ぜひ無理をせず、ストレッチして固まった筋肉をほぐしつつ、楽しみながら散歩してゆっくり距離を伸ばして、筋肉を鍛えることをお勧めします。

この方も歩いたり、スクワット!した後は筋肉痛を楽しまれておりました^^;

このように機能回復による筋肉痛に見舞われる方は非常に多いです。高齢で一定期間、運動機能が低下していた方は、「つい普通に歩いてしまい」、翌日まず筋肉痛に見舞われますから、どうか無理をなさらず、しっかりストレッチして凝りをほぐしながら、徐々に運動をお楽しみくださいね。

私には、直ぐに返事を下さる、直ぐに解決して下さる   
榎本先生が居て下さるで、大安心人生です。
生涯、ご縁が切れません様に
           どうぞよろしくお願い致します。 Y(2018年1月21日 12:03)

まず第一に、私は神様ではありません!(笑)

おいしいものを食べるのが好きで、普通にお風呂に入り、時に悲しみに胸が張り裂けそうになったり、怒りに震えることもあるごく普通の人間なんですよ。まぁ普段は穏やかですけどね。

それにその人の人生は100%その人に主権があり、その人が選ぶ思考、言葉、行動によって構成されています。

お一人おひとりが、自分の人生のハンドルをしっかり握り、自分にとって何があわせか、何をどう考え、言葉にし、行動したら、自分が求める幸せを手にすることができるのか、選択し続ける、主権者はあなた自身であり、それ以外にはあり得ません。

人はロボットではありません。

人はその人の人生における絶対的な決定権をもつ主権者です。

私には誰かの思考、言葉、行動を操作することできません。

もしできたとしてもそんなことにはまったくする気がなく、興味もありません。

またその人にとって何が幸せかも、その人が自分で決めることであり、私があれこれ言うことはありません。

ただ、ご自分が求める幸せに向かっていくとき、私に何か貢献できることがあるなら、それは私の喜びとするところです。

むろん私は神さまではありませんが、「神様のよう」と喜んでいただけることはとてもうれしいことです。

この地球に生きる人生において「神様のよう」というのは最高の賛辞ではないでしょうか。

しかし、あなたの人生のおける絶対な主権者、つまりあなた自身の人生における神はあなた自身です。

もし、あなた自身であるということが受け入れにくければ、あなたの本質であり、永遠の旅路を旅しているあなたの魂です。

日本では魂のことを「神の分け御魂(みたま)」と言いますが、素晴らしい表現です。

あなたの本質である、永遠の魂は常に神と一体です。

その神が一人ひとりに与えた自由意志という主権は絶対におかせないものです。

そういう意味で私は誰の神にもなるつもりはないし、誰かの神になることにまったく興味がありません。

ただ、あなたの人生においてあなたの魂が唯一の絶対の神であるということと同じ意味において、私の人生において、私の思考、言葉、行動を選ぶ絶対的な主権者であるという意味で、私の魂は私の人生におけるであるというだけです。

ビッグバンによって無から生じたこの大宇宙はすべて神で構成されており、宇宙創造を意図した原因者である意識体、神を原料していないものはこの宇宙に何も存在していません。

すべての人は神聖であり、無限の可能性をもっているというのが私の認識です。

そういう意味で私も神聖であり、無限の可能性をもつ存在であるとい意味なら私も神です。

なぜなら、私も神以外のものは何も存在しないこの宇宙の一部だからです。

問題はただひとつ、私たちが神の一部であり、私たち自身が神を構成していることを忘れてしまっていることにあります。

簡単に言えば、魂の永遠の旅路というのは私たち全員が神であったことということを思い出すプロセスです。

そういう意味で私は神ですが、あなたも神です。

そして、私の魂は私自身の神であり、あなたの神ではありませんし、あなたの神になるつもりもありません。あなたの魂があなたの神です。

それが私の立場です。

私はたまたま同じクラスになっただけの無選別の公立中学校の同級生ともみんな友達ですし、永遠の魂の旅路において袖触れあった人はみんな友達だというのが私の人生観です。

私は「みんなちがってみんないい」と思っているので、誰も嫌いな人がいません。(笑)

ですから、袖触れ合うことがあれば、生涯縁があるのが私の人生では普通です。

「みんなちがってみんないい」ので、誰かを嫌ったり、縁を切ったりする必要性がまったくないからです(笑)

そういう意味で、私は生涯だれとも縁が切れることはありません。

ですから、何か私にお役に立てることがあるなら、貢献できればうれしいことですし「神様のような」というのはとても素晴らしい賛辞に違いありません。

しかし、それは私があなたの神であることとはまったく別の話です。

あなたはあなた自身の人生における唯一絶対的な主権者として君臨し、自分自身の永遠の魂で、自らの人生を統治する神となってください。

もし、あなたが自分自身の魂に自分の神を見つけようとせず、自分の外に神を探すなら、そして私をあなたの神とするなら、私はあなたの人生から姿を消すことを望むようになるでしょう。

もし、そのように考えるなら、私の存在はあなたの人生の目的の邪魔になるからです。

ですから、決して私をあなたの人生の神になさらないように。

あなた自身が自分自身に神を見出す意味において、私自身が私の人生の神であるとい意味で「神様の榎本先生」と言われるなら、その意味においてだけ、その賛辞を受け取ります。

なお、私は誠実さとは、自分や自分の子供と同じように人に対するのが誠実さであり、自分や自分の子供と違う尺度を人に当てはめることが不誠実だと認識しています。

遠隔浄化の「力の使い手」の使命は、なぜなら、病気や不幸を撲滅し、最終的に自ら引退することを目指すことが誠実さであると考えています。

この世に遠隔浄化の「力の使い手」が活躍する場面があるなら、ただ単に私たちが病気や不幸を撲滅できていないからです。

誠心誠意、病気や不幸の撲滅を目指すなら、それは自分の引退を目指すことと同義です。

どこの組織にもある簿記会計の「会計原則」の上に、「会計公準」という企業会計の大原則、同意事項があります。

その「会計公準」に「継続の原則」(ゴーイングコンサーン)(going concern)という恐ろしい原則があります。

つまり病院も、製薬会社も、あらゆる医療産業が、「継続すること」を目指しているのです。

その結果、「継続すること」が至上命題となり、こういうことが行われます。

いつの間にか日本人は薬物依存にされていた!【マイスリー】はマリファナ(大麻)より依存性があり身体に悪い麻薬取締法で規制されている薬物です

薬剤師会会長決意の告白「クスリは「毒」である」「飲んでも病気は治らない」

それなのに、お年寄りは死ぬまで薬を飲み続けます。

これらを支えるために、日本は毎年私たちから50兆円の税金を集め、40兆円を医療費に支出しています。

そしてこのような仕組みが「継続の公準」によって、永遠に続くのです。

このような社会体制である限り、この世から病気や不幸がなくなることはありません。

どこかの政府も、製薬会社も、病院も、官僚たちも、「自らの継続」を思考しているからです。

それが諸悪の根源です。

病気や不幸の改善にたずさわる者は自らの仕事がなくなることを目指して、全力を傾けなければなりません。

「直ぐに解決して下さる   神様の榎本先生が居て下さるので、大安心の人生です。」などと考えるべきではありません。

「自分自身で健康で幸せで喜びに満ちて生きることができて、大安心の人生です。」と言えるのようにならなければなりません。

最終目標は常にそこにあります。

これはあなたへの私の心からのアドバイスであると同時に、私の自分自身に対する戒めでもあります。

私が自ら遠隔浄化で、誰かに生涯必要とされるように思考するなど、あってはならないことです。

しかしこの世にはそういう思考が非常に多いのです。

それは極めて不健全な思考であり、諸悪の根源です。

「力の使い手」に「継続性の原則」などというものはありません。

あってはなりません。

病気や不幸の改善に携わるものは、決してみずからの継続を求めてはいけません。

一刻も早く自身の存在意義が一切なくなる世になるよう全力を尽くさないといけません。

それが最終目標であることから微塵もぶれてはいけません。

「力の使い手」は、やがて必要とされなくなり、思い出されなくなり、最終的には誰にも気づかないうちに静かにこの世を去るくらいでちょうどいいのです。

いやほんと。

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