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	千と千尋の神隠しの主題歌【いつも何度でも】の意味 へのコメント	</title>
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	<description>遠隔浄化（ヒーリング）を通じて、本当の自分になる。自由になる。情熱的に生きる。思考が現実化する。デイリールーツファインダー　榎本ブログ「みんなちがって　みんないい」</description>
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		<title>
		榎本 より		</title>
		<link>https://dailyrootsfinder.com/itumo-nandodemo2/#comment-4167</link>

		<dc:creator><![CDATA[榎本]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 24 Jun 2017 12:58:43 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[「さよならの時というのは、文字通り死ぬとき」と読みますか！

　なかなか深いっすねぇ～

　しかしこの歌は「自らを再生している」歌であることは間違いないです。

　私の考えでは、ひとつの人生の間に、過去や記憶、エゴなどにがんじがらめになって身動きできなくなった人を再生するために、死があるのであって、自分で過去を超えて「自らを再生」させ続けることができれば、長く健康を保ち、力強く生き続けることができると考えています。

　そういう意味では、死んで「自らを再生」しようと、ひとつの人生の間に「自らを再生」しようと大した違いではありません。

　まぁ同じことですね(笑)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「さよならの時というのは、文字通り死ぬとき」と読みますか！</p>
<p>　なかなか深いっすねぇ～</p>
<p>　しかしこの歌は「自らを再生している」歌であることは間違いないです。</p>
<p>　私の考えでは、ひとつの人生の間に、過去や記憶、エゴなどにがんじがらめになって身動きできなくなった人を再生するために、死があるのであって、自分で過去を超えて「自らを再生」させ続けることができれば、長く健康を保ち、力強く生き続けることができると考えています。</p>
<p>　そういう意味では、死んで「自らを再生」しようと、ひとつの人生の間に「自らを再生」しようと大した違いではありません。</p>
<p>　まぁ同じことですね(笑)</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		Ｋ より		</title>
		<link>https://dailyrootsfinder.com/itumo-nandodemo2/#comment-4166</link>

		<dc:creator><![CDATA[Ｋ]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 24 Jun 2017 12:50:42 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[自分は、青さを知るというのは、
今までも気づていたけど、ずっとあった自らの未熟さに改めて気づくという意味だと思います。

さよならの時というのは、文字通り死ぬときで、
ここでの&quot;ゼロになるからだ&quot;というのは、魂が肉体から離れていくときに、雑念がなくなる境地。

はじまりの朝というのは、新たな体で誕生するとき。
ここでの、同じ&quot;ゼロになるからだ&quot;という表現は、前世の経験を忘れるという意味。

という風に自分は思うな。

まあ、歌の解釈などは、正しさを求めるようなものではないですけど。(笑)]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>自分は、青さを知るというのは、<br />
今までも気づていたけど、ずっとあった自らの未熟さに改めて気づくという意味だと思います。</p>
<p>さよならの時というのは、文字通り死ぬときで、<br />
ここでの&#8221;ゼロになるからだ&#8221;というのは、魂が肉体から離れていくときに、雑念がなくなる境地。</p>
<p>はじまりの朝というのは、新たな体で誕生するとき。<br />
ここでの、同じ&#8221;ゼロになるからだ&#8221;という表現は、前世の経験を忘れるという意味。</p>
<p>という風に自分は思うな。</p>
<p>まあ、歌の解釈などは、正しさを求めるようなものではないですけど。(笑)</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		榎本 より		</title>
		<link>https://dailyrootsfinder.com/itumo-nandodemo2/#comment-4161</link>

		<dc:creator><![CDATA[榎本]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 Jun 2017 03:36:07 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[銀の音さん

&gt;この歌はもう、私にとってもアンセムです。

（※榎本注　アンセムとは聖歌・賛美歌、派生して自分にとってとても大切な曲をいいます）

&gt;一つ、大きく榎本さんと解釈が違う点がありますので聞いてください。

&gt;「果てしなく　道は続いて見えるけれど
この両手は　光を抱ける」
は、道は果てし無くみえるけれども、同時にその「今」、今のいま、光を抱けるのだ。

&gt;こう私は読みます。

&gt;そのように、今を全肯定する力に満ちた歌だと思うのです。

　その通りですね。
　上の解説に書いていた「いつか」をとりました(笑)

　最後に、

「輝くものは　いつもここに
わたしのなかに　見つけられたから」

　とあります。
　それはもちろん、ずっと自分のなかにあったから「いつもここに見つけられた」わけです。

　それはもちろん、今もあるからですね。

　しかしそれが「数えきれない悲しみ」によって時に見えなくなっている。
　
　それを
「呼んでいる　胸のどこか奥で

いつも何度でも「心弾む」夢を描こう

悲しみの数を　言い尽くすより

同じくちびるで　そっとうたおう」
　
　そうすることで、

「輝くものは　いつもここに

わたしのなかに　見つけられる」と教えてくれています。

　本当に素晴らしい歌です。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>銀の音さん</p>
<p>>この歌はもう、私にとってもアンセムです。</p>
<p>（※榎本注　アンセムとは聖歌・賛美歌、派生して自分にとってとても大切な曲をいいます）</p>
<p>>一つ、大きく榎本さんと解釈が違う点がありますので聞いてください。</p>
<p>>「果てしなく　道は続いて見えるけれど<br />
この両手は　光を抱ける」<br />
は、道は果てし無くみえるけれども、同時にその「今」、今のいま、光を抱けるのだ。</p>
<p>>こう私は読みます。</p>
<p>>そのように、今を全肯定する力に満ちた歌だと思うのです。</p>
<p>　その通りですね。<br />
　上の解説に書いていた「いつか」をとりました(笑)</p>
<p>　最後に、</p>
<p>「輝くものは　いつもここに<br />
わたしのなかに　見つけられたから」</p>
<p>　とあります。<br />
　それはもちろん、ずっと自分のなかにあったから「いつもここに見つけられた」わけです。</p>
<p>　それはもちろん、今もあるからですね。</p>
<p>　しかしそれが「数えきれない悲しみ」によって時に見えなくなっている。<br />
　<br />
　それを<br />
「呼んでいる　胸のどこか奥で</p>
<p>いつも何度でも「心弾む」夢を描こう</p>
<p>悲しみの数を　言い尽くすより</p>
<p>同じくちびるで　そっとうたおう」<br />
　<br />
　そうすることで、</p>
<p>「輝くものは　いつもここに</p>
<p>わたしのなかに　見つけられる」と教えてくれています。</p>
<p>　本当に素晴らしい歌です。</p>
]]></content:encoded>
		
			</item>
		<item>
		<title>
		銀の音 より		</title>
		<link>https://dailyrootsfinder.com/itumo-nandodemo2/#comment-4160</link>

		<dc:creator><![CDATA[銀の音]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 Jun 2017 03:02:16 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://dailyrootsfinder.com/?p=13096#comment-4160</guid>

					<description><![CDATA[いつも何度でも
の解説ありがとうございます。

この歌はもう、私にとってもアンセムです。


一つ、大きく榎本さんと解釈が違う点がありますので聞いてください。

「果てしなく　道は続いて見えるけれど
この両手は　光を抱ける」
は、道は果てし無くみえるけれども、同時にその「今」、今のいま、光を抱けるのだ。

こう私は読みます。

そのように、今を全肯定する力に満ちた歌だと思うのです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>いつも何度でも<br />
の解説ありがとうございます。</p>
<p>この歌はもう、私にとってもアンセムです。</p>
<p>一つ、大きく榎本さんと解釈が違う点がありますので聞いてください。</p>
<p>「果てしなく　道は続いて見えるけれど<br />
この両手は　光を抱ける」<br />
は、道は果てし無くみえるけれども、同時にその「今」、今のいま、光を抱けるのだ。</p>
<p>こう私は読みます。</p>
<p>そのように、今を全肯定する力に満ちた歌だと思うのです。</p>
]]></content:encoded>
		
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