ちっきしょーのTさんからメールをいただきました。
>主人は不満は多い方なのに、普段はとても辛抱強く我慢しているみたいなのでそういう喧嘩の時にあらゆる不満が爆発します。
不満を辛抱強く我慢していると、いつか爆発します。
お互いに「不満をもたない」工夫が大事です。
不満というのは「相手に対する期待」から生まれます。
一番大切なのはお二人が「愛と感謝」の関係にあることです。
「要求と文句」になると関係がどんどん悪化します。
「愛と感謝」の状態というのは、自分でなるものです。
相手を「愛と感謝」の状態にすることはできません。
それはそれぞれの自分で自分のどのような状態を選ぶのかということです。
相手に何かして愛を表現するのはもちろん素敵なことです。
見返りを求めず、愛を表現することで、自分も愛を受け取るようになります。
その際、自分が出し気味にしてください。
お互いが見返りを求めずに愛を表現しますが、どちからかが「割を食っている」状態というのは長続きしません。
お互いの愛と感謝がバランスしているとき、そのいい関係は長く続きます。
愛と感謝というのは、今あるものに気づいて感謝し、ないものには気づかないふりをすることです。
欲しいものがあるなら「自分で」実現することです。
それが「相手に期待しない」ということです。
自分が欲しいもの、してほしいこと、「自分の幸せ」を相手に要求しているとキリがありません。
それに相手は自分ではないのですから、自分がどうして欲しいのか自分ほどわかりません。
「相手に要求していること」自体が愛の不在です。
「相手に要求する」のではなく「自分がこうしたい」と提案することです。
もし掃除が嫌なら、「今度掃除ロボット買おうと思うんだけどどうかしら」
「今度食器洗浄機買おうと思うだけどどうかしら」
「今度働こうと思うんだけどどうかしら」
「今度○○を習いにいきたいのだけどどうかしら」
・・・・
お互いに自分が欲しいことについて「自分がどうしたいのか」提案することです。
ご主人も「自分がどうしたいのか」Tさんに提案してもらえばいいのです。
そして、お互いが自分の責任でそれを「自分で」実現することは「すべてOK」します。
お互いが一切「あなたは○○すべきだ」ということを口にしません。「一切相手に要求しません」
お互いがするのは「自分がこうしたい」という提案だけです。
そして相手に愛を表現することだけです。
そしてその「自分の責任で、自分がこうしたい」という提案をそれぞれがするとき、相手の提案をすべて受け入れます。
もし相手がありままの相手でいることが許せないなら、相手の行動をコントロールしたいのなら別れた方がいいのです。
自分の子供であれ、夫婦であれ、みな一人の人間であり、その人が自分の人生をどう生きるかは、完全にその人の自由だからです。
今はお互いが家庭を持ちたいという自由意志をこの家庭で実現しているだけです。
相手を無理強いすることはできませんし、一生無理強いすることほどお互いに不幸なことはありません。
すべてのことは「お互いが好きでやっている」状態にします。
家族を養うことが好きだから、働いて給料を持って帰る。
家事をするのが好きだから、家事をし料理を作る。
子育てするのが好きだから、子育てする。
そして、何も期待していないのに「給料持って返ってきてくれて幸せ」
何も期待していないのに「家事をしてくれて、食事を作ってくれて幸せ」
何も期待していないのに「子育てしてくれて幸せ」
それが「愛と感謝」の状態です。
お互いに自分の人生で実現したいことがあります。
ひとつはお互いに家庭を持ち、子供を育てたいと思ったのでしょう。
ですから働いて給料をもってかえるのは、ご主人のしたかったことですし、
家事をしたり、子育てするのもしたかったことです。
それに掃除ロボット、食器洗浄機、全自動洗濯機・・・と家事をサポートしてくれる家電製品もあります。
そのお互いにしたかったこと、家庭を持ち子供を育てるという一人では絶対にできないことを実現させてくれた相手に感謝します。
それは「相手に何も期待しない」ことから生まれます。
何も期待していないのですから、給料をもらえるなんて法外の喜びなのです。
何も期待していないのですから、家事をして食事を作ってくれて待ってくれているなんて法外な喜びです。
もう感謝と喜びしかありません。
もし「相手に何か期待」し「要求と文句」の関係になったら、もうそれは取引の関係です。
それはどちらが強く、どちらが文句をいい、どちらが自分の要求を通し、相手屈服させるかということです。
その前にぜひ話し合い冷静なコミュニケーションで解決してください。
もし、「相手に何か期待」し「要求と文句」を言い始めたら、その瞬間に自分で愛と感謝の関係を破壊したのです。
ですから、はじめから「要求と文句」をふたりの関係に持ち込まないのです。
そのためには「相手に期待しません」ただ自分が愛したいから自分で愛してるだけです。
さて、もう二人の関係に「要求と文句」が入ってきたら、
あとはもうどっちがどこまで折れるのかという力関係の問題です。
自分がどこまで要求し、どこまで飲むのか。
夫婦関係をよく見ているとわかりますが、相手に依存している方が、「要求と文句」をいい、
与えている方が譲っています。
それをどこまでやるかです。
文句を言うことで自分の要求が通ったら相手は、どんどん文句を言ってきます。
ですから、相手に譲歩する思いやりのある優しい人ほどどんどん文句を言われます。
ですから文句を言われないためには、要求を聞かないことなのです。
そして、「自分の責任で、自分がこうしたい」と提案してもらい、自分の責任ですることはお互いにすべて認めます。
その場合も「家庭をもって子育てする」というのはお互いが「自分のしたかった」ことですから、家庭は崩壊しません。
むしろ、ふたりの関係が「愛と感謝」ではなく「要求と文句」になったことがふたりの関係を冷え込ませるのです。家庭を崩壊させるのです。
「要求と文句」の人に顔をあわせたくないですよね。
もう愛はありません。
できるだけ避けたいです。
ただのストレスです。
家に帰りたくなくなります。
なぜならもう家は安らぎの場所ではないからです。
ですからお互いが別の場所に安らぎを求めはじめるのです。
ですから、「要求と文句」の関係にしないためには、お互いに「相手に何も期待しない」、
お互いに何も期待していないからこそ、すべての相手のしてくれることは「サプライズ」になります。感謝です。
自分のしたいことは「自分の責任で、自分がこうしたい」とお互いが提案する。
そしてそれは無条件に認め合う。
そして自分がしたいことは「自分が実現する」。
お互いにそれぞれが「自分の人生を実現する」ことを大切にする。
こう心がければ「愛と感謝」のいい状態が続きます。