日本最北端、宗谷岬到達した。
新千歳空港で子供たちと合流してからは交代で運転してきたが、九州・大分から北海道・日本最北端までやってきた。
私の旅はようやく折り返し地点だ^^;
この車を整備してくれているメカニックに報告すると、
彼も本気でこの車を探すようだ(笑)
この車の整備に詳しくなるので私も助かる!^^
まもなくオドメーターは22万kmになる買って24年目だ。
消耗部品を変えれば、ボディやエンジンはまったく問題ない。
子供たちはこの車しか知らない(笑)
子供の頃からこの車で一緒に旅してきた。二人とも学校も卒業し社会人なって何年か経つのに、新千歳空港まで飛んで来てくれて、この車で一緒に旅できるのは楽しい。
子供の頃から慣らしておくと、こういう旅に何の違和感も持たないぞ(笑)
この車は屋が電動でテントになって下もフルフラットになるので荷物があっても大人4人が寝られる。
(ものの数秒でテントが開く)
まだ小さな子持ちの人で、腕のいいメカニックに整備が依頼できるなら、この車は楽しい。それに車を何台も買い替えるより、消耗部品だけ換えて乗った方がトータルでは安い。
エゾジカやキタキツネ
宗谷岬周辺はお店や建物もあるが、アプローチではエゾジカや、
キタキツネも見た。
稚内の道の駅はJR稚内駅と併設で珍しい。近くに海の駅もありそこに温泉もあって便利だ。
海沿いには、北海道遺産のローマの石柱のような立派な稚内港北防波堤ドームがある。
日露戦争に勝利した日本は樺太の南半分を得て、ここ稚内港はその連絡船の発着港だった。冬の吹き荒ぶ海からの風雪を防ぎ、快適に乗客や荷物を船まで移動できるように作られた。
海の駅の2階には稚内市樺太記念館があって無料で見られる。
樺太には約50万人もの日本人が住んでいて、こんな立派な日本の都市があったのだ!
こういう都市を支える資材や物資、人々がこのドームを通過していった。
当時日本最北端を目指すにはここ稚内は出発点に過ぎなかった。
北島三郎の「函館の人」も
「は〜るばる来たぜ樺太へ〜♪
逆巻く波を乗り越えて〜♪」
となっていたかもしれない(笑)
海の駅の一階には当時の稚内港が再現されていて楽しい。