やっぱり榎本さんのように私も、「とことん誰かを浄化する体験」を したいと思いました。

榎本さんのブログがいつまでも気になるし、読んでいるとワクワクしたり 自分の心の奥の方が喜んでいると感じます。 私もこんな風に人と関われたら、本当に幸せだろうなと、 力の使い手の方々への憧れが強くなってきてます。」とご連絡をいただいたOさまから1週間ぶりにメールをいただきました。

榎本さんへ
いつもいつも、本当に真摯に答えてくださり感謝しています。
この一週間、榎本さんのお返事を何度も読み返したり、
他にも気になる過去のブログを読み返したり…、
とにかく自分の声が聞きたくて、またまたずっと考えていました(笑)
生活のなかでも、なるべく感じるように意識しました。
私のなかで、とっくに答えは出ているはずなんですけどね。。。

やっぱり榎本さんのように私も、「とことん誰かを浄化する体験」を
したいと思いました。私自身、全く気になる症状がないわけではありません。
肩こり、手足の冷え、おトイレが近いことなどなど病院には行ってはないけれど、
日常生活で少々困ることです。
力の使い手になったら、自分で自分の浄化を挑戦したらいいんですよね!?
この一週間で私が受け取ったメッセージは、「動くこと」でした。
まさに榎本さんがいつも言っている「体験」でした。

来月は1万円用意できるかしら?と始める前から不安がよぎります(こんなこと
思ってるから実現しちゃうんですよね〜笑)
だけど一ヶ月通して浄化の勉強が出来るのも初めてです。
そっちのワクワクの方が強いです。一ヶ月後がちょっと楽しみだったりもします。

私は本当の自分になりたい!自分の本当の声を聞ける自分でありたい!
「誰かを幸せにしたいなら、まずは自分から」って普通に受け入れることのできた考えを頭だけじゃなく、現実で体験したい!!
いろんなこと、やっぱりそうだったんだ‼︎って感じたいのです。

Oさま(2016年12月15日 7:09)

とにかく自分の声が聞きたくて、またまたずっと考えていました

>とにかく自分の声が聞きたくて、またまたずっと考えていました(笑)
生活のなかでも、なるべく感じるように意識しました。

素晴らしいです!

これこそが私が「力の使い手」さんはもちろんすべての人にやってもらいたいことです。

自分の声に耳を傾けることです。

自分の声だけに耳を傾ければいいのです。

それだけが、幸せへの道です。

自分の幸せにはそれしかたどり着く方法がないのは当たり前じゃないですか!

私はすべての人が「力の使い手」に向いているとは思いません。

世の中にはお米を作る人もいるし、パンを焼く人もいる、列車を走らせることに喜びを感じる人もいるし、飛行機を設計することに喜びを感じる人もいる。

だからいいんですよ!

世界中の全員が「力の使い手」になってしまったら、私たちはご飯も食べられないし、旅もできませんからね!(笑)

私は、すべての人に自分の声に耳を傾けてもらいたいのです。

自分の声だけに耳を傾けてほしいのです。

そのためには、「自分以上の権威」がひとりでもいたらダメなんですよ。

その権威のいう事は、「自分の声」ではありませんからね。

その人は「自分の声」を聞くことはできません。

自分以外に権威を一切もたない人だけが「自分の声」を聞くことができるのです。

「自分の声」とは自分の魂の声ですよ。

魂は永遠不滅であり、神様の派出所です。

自分の人生にとってそれ以上の権威など、この世に存在しないのです。

それこそ幸福の青い鳥が、自分の最も近いところにあるということです。

「見よ,神の王国はあなた方のただ中にあるのです」イエス(ルカ17章21 節)

と言われるのはそのことなのです。

>とにかく自分の声が聞きたくて、またまたずっと考えていました(笑)
生活のなかでも、なるべく感じるように意識しました。

素晴らしい!

人生においてこれ以上素晴らしいことはありません。

何かを決める時、いつでもそうすればいいし、

その声に従って、いつ何を変更してもいいのです。

すべては正しく導かれます。

やっぱり榎本さんのように私も、「とことん誰かを浄化する体験」をしたいと思いました。

素晴らしい!

体験をしなければあらゆる「素晴らしい教え」はただのお題目です。

念仏です。

お経です。

退屈な哲学です。

すべての知識は、それを体験して初めて意味を持ちます。

私たちは生きるために人生を与えられているのです。

人生とは人が生きることですよ。

経験することです。

考えることではありません。

思考することは死んでからでもできます(笑)

経験することこそ肉体を持つ人生の意味なのです。

「とことん誰かを浄化する体験」なしに、真の「力の使い手」が生まれるわけないじゃないですか!

彼は立派な話をするでしょう。

もっともらしいことをしゃべるでしょう。

ただの退屈な哲学です。

実にくだらないものです。

あらゆる知識は経験され、実際に生きられ、私たちの人生にもたらされて初めて「現実」と言えるのです。

>「とことん誰かを浄化する体験」をしたいと思いました。

素晴らしい考えです!

それしか必要ありません。

それだけが大切なことです。

私は本当の自分になりたい!自分の本当の声を聞ける自分でありたい!「誰かを幸せにしたいなら、まずは自分から」って普通に受け入れることのできた考えを頭だけじゃなく、現実で体験したい!!

素晴らしい~!

ほんと素晴らしいです!

私が自分自身が求め、すべて「力の使い手」に求め、すべての人に求めること、それはただひとつ。「本当の自分になる」ことです。

それ以外、その人が幸せになる方法はないからです。

それ以外の価値に従っている人はみんな、自分以外の誰かを演じているんですよ。

そのために必要なことはただひとつ。

「自分の本当の声を聞ける自分である」ということなのです。

すべての人に必要なのはこれだけです。

蝶が、蜂が、カモメが誰かの声に従っていると思いますか?

みんな「自分だけの声」に従っているのです。

それですべてがうまくいくように自然は創造されているのですよ。

あなたが自分の声を聞きたい、本当の自分になりたいと思ったのなら「力の使い手」になる資格があります。

だって私が「力の使い手」に求めることはそれだけだし、「力の使い手」が浄化する相手に求めることもそれだけなのです。

本当の自分は健康で幸せです。

ただ、本来そうであった自分の戻るだけなのです。

「誰かを幸せにしたいなら、まずは自分から」って普通に受け入れることのできた考えを

人は自分から出たものを正確に受け取るのです。

自分の現実は100%自分で選んでいるのです。

それは意識的に選んだものと、消極的(しかたないと)選んだものと、無意識的に選んだものも含みます。

しかし、それでも自分のすべての現実は自分が100%創造しているのには違いないのです。

それは私たちは1%でも多く、意識的に選んで自分の人生を創造するのです。

それが「気づき」と呼ばれるものです。

「気づき」とは私たちがこれまで「消極的」に選んできたこと、無意識的に選んできたことを、「自分の声」に耳を傾け、意識的に選んでいくことなのです。

その手伝いをすることが「力の使い手」の浄化のすべてなのです。

そのためにはまずは、自分がそうする必要があるのです。

なぜなら、人は自分が持っているものだけを人と分かちあることができるからです。

自分の人生でそれを実践しないで人に何が言えるのですか。

幸せになるのは自分からです。

「自分の声」に耳を傾け、意識し、それに従って決断し、行動し、体験すること。

それだけが、自分を幸せにする唯一の方法です。

なぜなら何が自分にとって幸せかを知っているのは自分だけだからです。

頭だけじゃなく、現実で体験したい!!

その通り!

頭だけじゃなくて、現実に体験するのが人生の意味です。

頭だけなんて、グルメ番組をみてそれを食べた気になっていたり、人の恋愛ドラマをみて自分も恋愛している気分になっているようなものです。

私たちに必要なことは、テレビを消して、自分が食べたいものを食べに行き、実際に命をかけた恋をすることなのです。

力の使い手も同様ですよ。

実際に人を浄化して「痛みがよくなった」経験をしてもらい、自分も幸せになります。

自分から出たものは必ず自分に帰ってきます。

これは神の創造の法則です。

遠隔浄化をして「痛みがよくなった」経験をしてもらえたら、必ず自分も幸せになります。

これは宇宙の法則です。

それを妨げるものは何もありません。

だから必要なことは、

>私も、「とことん誰かを浄化する体験」

することなのです。

さいわい、ここに9年間も遠隔浄化をし続け、その方法を伝え、それを自分の経験にしてもらいたいと情熱を燃やす人間がいるわけです。

はっきり言って、日本に私みたいな人間はそう簡単に見つかりませんよ!

しかしあなたは見つけたのです。

私を十分に活用することです。

私もそれを望んでいるのですから。

もちろん、自分の幸せのためにそうしてください。

「人の幸せに貢献すること=自分の幸せ」ということを体験的に知るためにです。

それを自分の人生の体験にするのです。

経験すること以外に意味のあることなど何もないのですから。

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コメント

  1. ももちん より:

    以前嫌がらせしてきた人間って浄化すること出来るんでしょうかね?
    いつも嫌味なことばかり言ってきて挨拶も出来ないようなクサレ
    だったんですけど、その人が変わったりするんでしょうか?
    それとも私の中のものを浄化しなければいけないのでしょうか?

  2. 榎本 より:

    >以前嫌がらせしてきた人間って浄化すること出来るんでしょうかね?

    そもそもそういう人は浄化など依頼してきませんよ!(笑)

    本人がその人の現実を100%創っており、ご本人が変えようとも思っていないのに、どうして、いらんお節介する必要があります?

    神さまを見習いましょう!

    病気であれ、不幸であれ、その人が創造するままを尊重されていますね。

    そして、本人が変えようと思えば、道は必ず開かれます。

    それが神さまです。

    その時、できることを誠心誠意お手伝いすればいいのですよ。

  3. ももちん より:

    と、いうか、パワラハラモラハラなどで嫌がらせにあったり
    学校などで理不尽ないじめにあってる人っていますよね。
    そういった被害って浄化などで改善することができるの
    でしょうか?

    あと、以前、嫌がらせをしてきて挨拶しても顔をしかめたりして
    いじわるしてきた人のことがずっと心にあり、思い出してしまいます。
    こういう自分のフラッシュバックっていうのかな?
    そういったものは浄化できるんですか?
    その人との関係性とか変わったりするんでしょうか?

  4. 榎本 より:

    >パワラハラモラハラなどで嫌がらせにあったり
    学校などで理不尽ないじめにあってる人っていますよね。
    そういった被害って浄化などで改善することができるの
    でしょうか?

    もちろんですよ!

    その人のすべての現実は100%その人が作っています。
    それはその人が積極的に選んだこと、しかたないと消極的に選んだこと、日ごろ家族や友人、テレビなどから無意識的に情報を入れ、無意識的に選んでしまっていることからなりたっています。

     いずれにしてもすべてその人が選んでいるのです。

     何を選ぶか(考えるか)は完全にその人の主権であり、誰にもそれを妨害することはできません。妨害する手段は存在しません。

     ですから、その人が望むならすべてが可能です。

    >以前、嫌がらせをしてきて挨拶しても顔をしかめたりして
    いじわるしてきた人のことがずっと心にあり、思い出してしまいます。
    こういう自分のフラッシュバックっていうのかな?
    そういったものは浄化できるんですか?

     まず世の中には色んな人がいます。
     「みんなちがって、みんないい。」んですよ。
     相手が何を思い、何を考えるかは完全に相手の主権です。
     それに干渉することはできません。

     変えることができるのは相手に対する「自分の解釈」を変えることができるだけです。なぜなら、それは誰にも干渉できない完全な自分の主権だからです。

     では具体的にどうすればいいのか。

     自分の良心に照らして、自分に恥じるところがないならば、堂々として何も気にすることはないということです。
     それでも嫌がらせをしたり、しかめっつらをするのは相手の問題です。
     ぜんぜん自分の問題じゃないんですよ。

     なぜ私がにこやかにあいさつするだけなのに、相手は私に嫌がらせをしてしかめっつらするのか。

     おそらく相手はご主人とうまくいっていなくて欲求不満になっているとか、子供がいうことをきかなくてむしゃくしゃしているとか、仕事がうまくいっていないとか、こちらには関係ない原因で人にやつあたりしているだけなのです。

     ぜんぜんこちらの問題じゃないんですよ。

     自分は、家庭もうまくいっているし、人間関係もスムーズだし、仕事もスムーズです。いつも心は穏やかなのですからね。

     だから何も気にする必要はありません。

     そして、自分は自分の主権の範囲である、自分の自身のことを自分で大切にし、喜びに満ちたことをどんどん続ければいいのです。

     そしてどんな人にあっても「おはようございます!」とにっこり言えばいいのですよ。

     だって、自分は「次はあの楽しいことをしよう!」と内心思ってうきうきしているだけなのですからね。

     その内心の喜びを微笑みにうかべて「おはようございます!」と言えばいいのです。

     相手が機嫌がいい楽しい人なら「ねぇ私こんどこんな楽しいことしようと思っているの。楽しみ~♪」とわかちあいます。

     相手が自分の人生や家庭、仕事が混乱している人は、そんな話をすると「いやみ?」って思うかもしれません。だからあいさつだけしておけばいいのです。
     
    「おはようございます!」とにっこり言う以外にすることは何もないし、それ以外に相手に対する関心もありません。

     だって、「みんなちがって、みんないい。」んですよ。
     相手が何を思い、何を考えるかは完全に相手の主権です。

     それは私たちには干渉できないことです。

     そしてもし相手が、私主人とうまくいっていないだけれども・・・
     子供が反抗してどうにもできないのだけれども・・・・
     仕事でこんな悩みがあるのだけれども・・・・と
     
     「相手から相談」してきたのなら、

     あなたが、どうご主人とうまくやっているのか、どう子供を育てているのか
     どう仕事と両立させているか、
     どう人間関係をスムーズにしているのか、
     どう人生を喜びに満ちたものにしているのか。

     分かち合えばいいのです。

     そうでないなら、「おはようございます!」とにっこり言う以外にすることは何もないし、それ以上に相手には何も関心がありません。

     人類のほとんどはあなたと直接縁がない人です。
     70億人中あなたに縁がある人が一体何人いますか?

     ただその人もその一人であったというだけです。

     何も問題ありません。

    「みんなちがって、みんないい。」のですから。

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