何が自分の自由(理想の現実化)を妨げているのか

10月1日に私に直接会って話を聞きたい、ということで東京から飛行機でお客さんがやってきました。初対面の方です。

最初はスタバでお話し、夜は居酒屋さんで終電近くまでお話しました。

力の使い手」ご希望の方ですが、色んな話をしましたが、「今の私の理想の現実方法」がひとつの大きなテーマになりました。

私も理想を引き寄せたばかりであり、その方法を熱を込めて語りました。

今年の私の理想は、「海外の素敵なところに行く」ということです。

まぁ上海とスペインマドリード、スペイン巡礼、バルセロナは計画していたのですが、その帰国直後に、バリ島を引き寄せてしまったのには正直自分でもびっくりしてしまいました(笑)

両方3週間ですから、合計6週間です。学生時代以来、私の人生では最大の旅行を今年引き寄せてしまったことになります。

旅行に限らず自分の人生で理想を現実化する方法について書きます。

1、自分の人生に起こることはすべて自分が起こしており、自分にすべて責任がある。逆に、自分以外の周囲には何の責任もない。周囲はただ、自分の思考を反映しているにすぎない。

自分自身に思考の自由を許すことがすべての出発点

私は遠隔浄化もすべて、このスタンスで行います。
すべてご本人に責任がありますから、ご本人によってあらゆる現実の変更が可能になります。
ですから全ての希望があります。

もし、「いやそうではない。世の中には色々とままならないことがある」と言われるのなら、それはもちろんあなたの現実です。
なぜなら、あなたはそう考えているのですから!(笑)

ですから、この原則を自分の人生の原則に受け入れていない人は、自分の理想を現実化する上で、多くの障害に直面することになります。
なぜならご本人がそう考えているのですから!

待てよ!「自分の現実は健康や豊かさもふくめて、すべて自分が100%作っている。」ということを受け入れることからすべては始まります。

それが達成できているかどうかを確かめるためには、今お金も、時間も、何の制限もないとして、やってみたい理想、実現したいことを考えてみます。

時間をとって考えてみてください。

・・・・

考えてみましたか?

(そういうことを考えることさえ自分に許していない人もいます。何がしたいかわからないと!どうすればいいかは、また別の機会に)

さて、その理想を「今」実現しようとする時、何が障害になるでしょう。
自分以外の要素です。

あなたがそれに必要なお金がないというのなら、あなたにはそのお金を作ることを思考することができます。それは無理だと思えばそれは無理です。それがあなたの思考だからです。

それができない理由をいろいろ並べるならばそれは無理です。それがあなたの思考だからです。

頭に何か妨げる人が浮かんだでしょうか。
家族でしょうか。親でしょうか。友人でしょうか。上司でしょうか。それ以外の誰かでしょうか。

その人の意見をあなたは無視できないのです。
そういう人は自分の人生の現実を100%自分でコントロールしていません。
その誰かがあなたの現実を握っています。
あなたはその誰かに遠慮しているのです。

そして、その人があなたの現実を握っているのを許しているのは誰でしょうか。
もちろんあなた自身です。

いや、そんなものじゃないよ。それが世の中の常識だよというのなら、
それがあなたの現実です。
何しろあなたはそう考えているのですから!

自分以外の人の誰にも影響されない生き方があるのでしょうか。

もちろんあります!

実際には、すべての現実は自分が作っているのですから、その人に遠慮しているという無意識の「あなたの思考」が、あなたの今の現実を作っています。それがあなたが今制限を感じる理由です。

それ以外の生き方があるのでしょうか。

もちろんあります!

あなたがそれを思考すれば!

神は人に自由意志を与えました。

人間の成長の歴史は自由獲得の歴史です。

私たちが、今何か不自由を感じ、無意識に何かに誰かに遠慮しているのは、「自分が」その価値観を受け入れているからに過ぎないのです。

自分が自分で自分の自由を制限しているだけです。

私たちは、これまでもずっと自分の思考で現実を作ってきました。

ですから今制限があるのなら自分の思考の中に制限があるだけです。

江戸時代の日本人に「海外旅行する」という思考はありませんでした。
ですからそれは現実化しません。なぜなら彼らは思考していないからです。

もし、あなたの中に「誰にも何にも遠慮せずに100%自分で決めて生きることができる」という思考がなければ、あなたの人生ではそれは現実化しません。なぜならあなたがそれを思考していないからです。

自分の人生を100%生きるより、家族に受け入れられ、社会に受け入れられ、その対価として誰かに遠慮して生きるという思考を受け入れているだけです。

今は「思考の現実化」というのは書店でも大きなコーナーをしめ、今急速にその考えが広まりつつあります。

しかしそれが広まり始めたのは最近のことです。

多くの人はまだそのことを知りませんし、知識として知っていても実践している人はまだ多くありません。

ということは、世の中の大半の人は、「外部に翻弄されて生きる」「誰かに遠慮して生きる」という思考で生きています。

その制限ある思考が常識と思っている家族、友人、社会に受け入れられることを望むなら、自分も無意識に制限ある思考を受け入れて生きています。

類は友を呼びますからね。

そういう制限ある人々に受け入れられたいというのもまた、あなたの思考です。

私は、家族に迷惑をかけろとか、社会に迷惑をかけろなどと、言っているのではありません。

あるいは彼らとケンカしろと言っているのでもありません。

制限ある思考の人々と、うまくつきあいながら、自分は自由意志を行使するという思考をすれば、それが現実になります。

それが実現化していないのは、ただ単にその人がそれを思考していないだけです。

自由意志というのは神が与えた大原則です。

誰もが求めるものです。

家族に負担をかけ、家族が反対するのに彼等にお金をせびって、自分だけが旅行に行くのではありません。彼等とケンカするのでもありません。

ただ、彼らの人生の責任をすべて彼らに引渡し、自分自身の人生の責任を自分自身で100%握るというただ、それだけのことです。

なぜならその人の思考がその人の現実を作っているからです。

その人以外にその人の人生に責任の取りようがないのです。

その自由意志は神の与えた大原則ですから、それに反することはすべてみじめさを生み出します。

ですからある種の依存がみじめさを生み出すのは、それが神の自由意志の原則に反しているからです。

神の原則に反するおとは最終的にすべて失敗します。

ただ単にその神の自由意志の原則を自分の人生で実現するということだけの話です。

自分が自分の責任において、自分でお金を稼ぎ、自分の責任において、誰にも迷惑をかけずに使うことについて、自分の思考を制限することはないということです。

なぜなら、今現在でもすべて思考が現実化しており、自分で自分の思考を制限しなければ、誰も自分の思考を制限する人はいないからです。

あなたの自由を制限しているのは何でしょうか。
家族でしょうか、
会社でしょうか、
仕事でしょうか、
政治でしょうか、
安倍首相でしょうか(笑)
イルミナティでしょうか(笑笑!)

いいえ。

自分が、自分にそれらを越える思考を許していないことだけがその理由です。

あなたの恐れ、あなたの不安が、自分以外の何かに依存させ、それが自分の自由を制限するのを許しているのです。

ですから、恐れ、不安を抱えている人が、自由を行使することは非常に難しいのです。

もし誰かに利用されているのなら、利用されることを無意識に許している自分の思考が現実化しているだけです。意識的になって別の思考をすればいいのです。

もし、自分が自分の人生を自由に生きることを自分に許していないなら、どんな常識を無意識に受け入れているのか、時間をとって考えててみてください。

そして、その常識からくる制限を受け入れるのもまた自由です。
(多くの人がその常識から来る制限を無意識に、受け入れています。別の思考を選ぶことをせずに。)

あなたがそれ以外の可能性を思考しなければ、それ以外の可能性はありません。

あなたがそれ以外の可能性を思考すれば、それは実現します。

そんな単純なものなのです!

なぜなら、神が宇宙を創造して以来、思考が現実化しなかったことなど、ただの一度もないからです。

神と呼ばれる宇宙意識は、思考を通じて無から宇宙を生じました。

人は神に似せて創造されたというのは、神の意識の分身として私たちは全員、意識という魂をもち、それによって日々創造しているからです。

何も変化していない、と言う人は、ただ単に新しい思考をしていないというだけです。

無意識に制限のある思考をする家族や友人に受け入れられること、彼らの制限のある常識に従って生きることを無意識に選択しているだけです。

それに何も悪いことはありません。

それは実際多くの人の思考であり、現実でもあります。

ただ、あなたは別の思考をすることもできるし、今までの思考を無意識に受け入れ続けることもできるということだけです。

あ~

理想の現実化を語ろうと思ったら、何が自分の自由を妨げているかを語るだけで終わってしまった(笑)

しかし、これを受け入れない人には、思考の現実化はごく限られたものです。

せいぜいどこのwebページを読み、明日買う服とランチは何にするかということぐらいです。

それなら誰にも遠慮せずに決められますからね。(笑)

それくらいしか自分に自由を許していない人にいくら、理想の現実化方法を語ったところで意味がないのです。

本当は「思考」は制限がないのです。

何を考えてもいいのです。

あなたは自分に全面的な自由な思考を許しますか。

それとも制限ある思考を生きる人々に受けいられることを選びますか。

理想の現実化というのは、自分自身に真の思考の自由を許す人たちのものです。

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