依存と執着がみじめさの原因

 依存していると自由がない。

 大地に依存している植物には移動の自由がない。

 巣で親鳥がエサを運んでくれるのをただ待つだけのヒナは弱々しく、大空を飛ぶ自由がない。

 親に依存している子供には自由がない。
親と同じところに住み、(あるいは親の意向に沿う学校の寮などもあるかもしれないが)親の同意が得られる 範囲で行動することになる。

生物は自由を求めて成長してきた。

だから自由に向かって自らの責任で行動していくのは、自然の意向であり神様の意向だ。

何かに依存する時、私たちは弱々しい。

 会社に依存する時、私たちの自由は制限され、弱々しくなる。
会社員や公務員が退職すると、急に老け込みボケはじめる人も多い。
長年組織に依存して、すっかり自分は弱々しくなっていたことに気づかなかっただけだ。
それが退職によってはっきりする。

自分の幸せを恋人に依存する時、私たちは弱々しい。その恋人を失うとみじめになる。

依存ではなく、出会いを楽しめばいい。あらゆる出会いは神様からの授かりものだ。

 自分にその子が来たことを楽しみ、その会社で様々な仕事をすることを楽しみ、その恋人と出会ったことを楽しむ。存分に楽しむ。

 人間は必ず死ぬ。

 別れの時は必ず来る。

 だから何ものにも執着せずに、出会ったことに、感謝して今を存分に楽しんだらいい。

 去れば必ず、新しい出会いがある。

 去るからこそ。新しい出会いがある。

 だから何も心配することはない。

 死んだら新しい肉体に転生するだけだ。

 

 執着しなくても、人生は素晴らしい。

 執着しないからこそ、人生は素晴らしい。

 季節は巡り続け、木々は成長し続ける。

 変化し続けるのが自然だ。

 巣穴から飛び出す勇気を持たなかった、ヒナはやがて巣穴で朽ちていく運命にある。

 依存から脱して、勇気と自己責任で行動するようになった鳥は、大空を飛ぶ自由を獲得し、美しくたくましくなる。 

 依存と執着から脱し、自己責任と自由へ進む人は、どんどん美しくたくましくなる。

 どんどん魅力的になる。

 今、自分の身の回りに存在するあらゆるもの、人に対して依存と執着がないかチェックしたらいい。

 それらに対して、依存と執着ではなく、出会ったことに感謝し、今お互いに存分に楽しみ、別れも楽しめる自分であれば、人生にみじめさなど存在しない。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

Loading Facebook Comments ...