インシュリン君 山口さんのことを書いていただいて感謝です。

 昨日の投稿以下のインシュリン君についての私の投稿を読まれた彼をよくご存知の方からメールをいただきまいた。

「インシュリン君(山ちゃん)のことですね!
 彼は私もよく知っています。
 彼は自然の力の伝授者なのにいつも陰でインシュリンを打っていると南さんたちにからかわれていました。
 打たなくても大丈夫なのにと。
 それであだ名が「インシュリン君」になったのです。

 それである日彼は意を決して天光地でインシュリンを打つのをやめたのです。
 そのまま天光地で亡くなってしまいました。
 あれだけ大丈夫と言っていたのに南さんは目の前の彼を助けることができませんでした。

 これは本当の話です。

 直前までまったく元気で、意欲的におしゃれなども楽しむようになっていました。
 まだ若かったのでそのままインシュリンを続けていれば何十年も生きられたことでしょう。

 もちろん「彼の自己責任」で話は終わりました。」

 以下が頂いたメールです。

「インシュリン君
山口さんのことを書いていただいて感謝です。
私は、まだ天光地に人があまり集まらない時に、インシュリン山口さん
青山さんと良くフェリー・レンタカーに乗り合わせ
4~5人で遠足のようにして南氏に会いに行ったものです。
あのころは良かったです。
夜中まで、みんなで どうやってこのお力を広めていけばいいんか?
と純粋に同じ気持ちであーでもない。こーでもないと
話し合ったものです。
天光地に泊めていただいて、皆で順番に入浴して
朝には皆でお掃除をして、名残惜しみながら見送っていただいて
みんな純粋でした。

山口さんは、いつもぽつんとされて距離をおく人でしたが、ぼそぼそと話されるお話がとても的をついていて、「おーー」と周りが驚いたり笑ったり・・
とっても懐かしいです。

その山口さんが亡くなったことを知らされた時は、もの凄くショックで悲しかったことを今でも思い出されます。
それも、山口さんが決めた道ならば仕方がないです。
でも、いつもインシュリンのことでチクチク皆がいる前で馬鹿にしたような言い方を
されていたのが、痛々しかったんです。
最後に天光地でお会いした時も、たくさんの伝授者の前で、天光地のすみに
誰の邪魔もせずにいた山口さんのことを名指しで南氏が「インシュリンなんかいらん言うのに何回言うても聞かん人があそこにおる。伝授者やのにインシュリン打って恥ずかしくないんやろか?ハハハ」と大分弁で馬鹿にしていたのを、今でも忘れません。
でも、周りは皆笑っていました。
笑っていなかったのは、山口さん・私と他数名だけだったでしょう。

神戸の田中さんも、最後は泣いて泣いて苦しまれていましたが
最後まで南氏を信じて亡くなりました。
田中さんが亡くなった原因は金塊につながっていたからだと南氏は私に言われました。いえ、もっと早く病院に行くべきでした。

皆さん、本当に穏やかで、純粋で、いい人達ばかりでした。
関西からは、私が知っている限り4名なくなってます。

なので、今回、榎本さんが書いて下さったブログは、追悼の意味でとても重要と
思っています。
ありがとうございます。」

 南さんは常々「自分の言葉に責任を持つ」ということを教えている。
「インシュリンなんかいらん言うのに何回言うても聞かん人があそこにおる。伝授者やのにインシュリン打って恥ずかしくないんやろか?ハハハ」という南さんの言葉を天光地で聞いた人は本当に多い、私ももちろん何度も聞いた。
 それを天光地で素直に実行し、目の前で亡くなったインシュリン君に対するご自分の言葉の責任をどうお感じになるのだろうか。

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