神を父にたとえる教えほど害悪をなすものはない

 前回の「反抗期は美しい」の続きです。
 

> 私達は、源から離れた事はないのですね。

そうです。そうです。
それは不可能です。
すべては源から生じていますからね。
私達もまた源、神の一部です。

> そして、源が拡大する為に、学びや経験が必要なのですね。

そうです!そうでう!

素晴らしいです!

私たちは神の拡大のために自由意志を与えられ、創造し、経験し、チャレンジしているのです!

私達こそが神の創造の最前線なのですよ!

神は私たちがその前人未到の創造の最前線で活躍するための、すべての能力と判断力をお与えになっているのです。

全員にです!

ですが人間はその思い込みで自分の脳のたった1割も使っていないのですよ。

> 大好きだった彼との結婚をやめたのは、もう一つ理由があります。
> 実は当時、ある宗教に通っておりました。そこは紹介制でないと入れず、母がお友達から誘ってもらい、そして私を誘いました。
> そこでは、神があるとしたら、それはお父様という考えでした。自分が生まれた時から知っているお父さんが何よりも正しいアドバイスをすると。
> なので、就職や結婚なのどは必ず相談するようにと。
> そして、結婚だけは間違えないようにという講話が多くあり、誰と結婚するかで人生は大きく変わるからと。
> 自分にとって良くない相手は、相手にとっても自分がマイナスだと。
> そこでは、御反応というものがいただけました。
> そこで、彼の事を父に相談した所、反対され、
> その宗教で御反応を聞いた所、「よくもわるくもない」と言われました。
> 良いか悪いかしか御反応は出ないと伺っていたので、なぞでした。
> 宗教を信じていた為に、良いという御反応をもらいたかったのです。
> そこで、父に認めてもらおうと家庭でお手伝いや、父が望む公務員試験なども受験したりしました。
> そして、毎日毎日、時が過ぎて、彼をこれ以上お待たせする事が出来ないと思い、再度質問をしました。
> そして、御反応を待つ間に、私は『こんなに悩むのは彼と結婚したいからだ、これから何があっても、これだけ悩んだのを思い出して生きていこう。彼と結婚しよう!』と、初めて強く気持ちが固まり、質問を取り下げに行こうと立ち上がった瞬間に、壇上より先生から呼びかけられ「この結婚は本当はマイナスなのですよ。言ってしまいましたよ。大丈夫ですか?」と言われてしまいました。
> 私は気持ちが固まった瞬間だったので、びっくりしましたが、
> 私にとって、その時の宗教は絶対だったので、彼にとっても私はマイナスなのだと思い、彼にお別れを告げるしかないと思いました。

ああ~
宗教ですか。

私が浄化させていただしている方で最も根深い原因を持つ人は、宗教をやっていた人が本当に多いのです。
あるいは宗教とは言っていなくても、偏った「信条」を受け入れた人たちです。

まずですね。

神がなぜお父様なのですか。
おそらくその宗教は、戦前から存在し「天皇制」「家長制」の中で認可を受けるためにそのような教義にした可能性があります。
そうでなければすべての宗教が弾圧を受けたらからです。

廃仏毀釈と言って、仏教でさえ同時は大弾圧を受けたのですよ。

この弾圧がなければ仏教関係の国宝は今の3倍はあったと言われています。

当時は国家神道とそれを支持する教えしか認められませんでしたからね。

だいたい神を父など人物に擬人化する宗教、信条は非常に幼稚です。

それは非常に時代遅れの精神です。

人は「思うことが実現」しますからね。

神を父などと呼ぶ、信条は非常に愚かです。

イエスは2千年前の人に話していたのですよ!

当時のイエスにとって神を父にたとえることは精一杯でした。

当時の人は、父とか羊とか、そういうものしか理解しなかったからです。

イエスは当時の人々にベストを尽くして説明しました。

しかしそれは2千年前の人向けの話です。

今は量子物理学、多元宇宙論の時代です。

どうしてお父さんが、無限の量子の動きと、多元宇宙を司ることができるのですか!

この物質次元の宇宙だけでも司るのは大変なことですよ。

そんなことができるお父さんはいません!(笑)

神を父などとたとえる信条は、せいぜい幼稚園です。

幼稚園児に説明するのには、お父さんと羊くらいしか、言葉を知りませんからね。

神は男でも女でもありません。

せいぜい父であり母である神と言わないといけません。

神を父と呼ぶと、男がエライ感じがするじゃないですか!

神を父などと呼ぶ思考こそが、男尊女卑の源です。

当然ながら女性も男性同様に尊いのです。

母なる神と呼べばいいのですよ。

プラスとマイナスの価値はまったく同じです。

プラスとマイナスがあるから電流が流れるのです。

そのエネルギーのダイナミックな流れこそ生命の本質です。

当然ながら神に性別はありません。

私達の本質である魂でさえ性別はありません。

なぜなら魂は神の一部だからです。

だから私たちは幾多の転生において、男であったこともあるし、女であったこともあるのです。

それは魂に性別がないから可能なのです。

魂は男にも女にも生まれることもできます。(もちろんニューハーフにも!(笑))

ですから私達の本質(魂)においては性別はないのです。

よく色んな宗教で、いわゆる悟りに近づくと性欲から超越するようなことが描かれますね。

日本で最初に国宝に指定された、広隆寺の弥勒菩薩も男女の性別がわからないと言われています。

それは悟り、自分の魂の本質に迫ると、男女の性差を越えてしまうからなのです。

仏陀は釈迦族の王として生まれました。

国中の最高の美女、最高の贅沢が彼のものだったのです。

しかし彼はその生活を捨て人間の本質を求めました。

仏陀が晩年、女性を追いかけ回したという話は聞いたことがありませんね(笑)

それは彼が禁欲的だったからではないのです。

彼は最高の美女を好きなだけ抱くことができ、それを越えていったのです。

彼は自分の魂を求めたのです。

ですから、魂に到達した存在は、弥勒菩薩像のように、男女の性別がわからないように表現されるのです。

彼らの物質的な肉体は男であり女かもしれませんが、

もはや彼らの実存の本質においては、男でも女でもなかったからです。
miroku

ちなみにドイツの哲学者カール・ヤスパースが弥勒菩薩像を「人間実存の最高の姿」を表したものと激賞しています。

人間でさえ、魂の本質に迫る存在は、男女の性差を越えていくのです。

神が男であるはずがないのです(笑)

その理解に仏陀は二千五百年前に到達しています。

神を父などにたとえる教えは、二千五百年以上遅れているのですよ(笑)

非常に幼稚な理解です。

> 父は信者ではなかったですが、母も妹も信者でした。
> それからは立ち直るまでは、本当に必死でした。30代はほぼそこに費やしました。合コンもお見合いもいっぱいしました。
> お見合いで、1人好きになれる人に出会えた事がありました。ただ、その家庭は複雑でお父様が同居、弟子が同居、接骨院をやっていて私も手伝わなくてはいけなく、父が反対しました。
> この時は、泣きながら彼の良さを訴え、父が「おまえがそこまでいうなら」といったんは賛成しましたが、母を使ってやはり大変な家庭だから、やめるようにと言われました。
> その彼を紹介してくれた人が例の宗教に通う方だったので、お父様が反対されるならだめですねという事になってしまいました。私も生活面で少し自信はありませんでした。

あ~やっぱり神なるお父様ですか!

何度も言いますけどね。

あなたも私も他の誰もがすべての生命が神の一部です。

あなたは間違っている。

女は劣っている。

あなたは劣っている。

だから父なる神を知る私が正しく導いてあげよう。

このように、直接間接に説く教えこそ最も神に反するものです。

なぜなら神はすべてだからです。

その神の一部である女性に対して、あなたに対して、誰かに対して、劣っている、私に判断を仰ぎなさい教えることこそ、最も神に反する教えです。

それこそが神に対する最大の侮辱です。

あなたにも神聖が宿っているのです。

あなたも神の一部なのです。

私は、女性を、あなたを、誰かを、劣った存在、判断力のない存在、無力な存在とみなし、そう教えるすべてに反対です。

そういう親、
そういう教師、
そういう宗教、
そういう教えを垂れるすべての人物

彼らこそ、最も神に反する教えを広めている、最も害悪をなす人類に対する最悪の犯罪者です。

ですから、そういう「信条」を受け入れて来た人たちが、症状に対して最も根深い原因を持つのです。

「自分はダメな存在」と考え、「自分には判断力がない」、「自分は無力だ」信じているからです。

「思いは実現する」のです。

そうではないんだ!と言ってもにわかに受け入れてもらえないのです。

それほど彼らの自己イメージはズタズタにされているのです。

これほど、神(真実)に反する教えはありません。

私の経験では、子宮筋腫、生理不順、生理痛、そういった女性特有の症状の源は、

「女性は劣った存在」というところから発しているのです。

それらはそもそも、「神を父」とたとえ、広めた者たちがもたらした症状です。

「母なる神」という考え方が地上を支配していたらこれらの症状はここまで広範囲に起こらなかったでしょう。

赤ちゃんがつかまり立ちをはじめたら、親は手をとり、歩くのを手伝います。

それには何の問題もありません。

それはいつか手を離す時のために、手をとるのです。

子供が初めて自転車乗るとき、後ろを支えてやって一緒に走ります。

後ろを支えてやることは何の問題もありません。

それはいつか手を離すために、支えてあげるのです。

しかし、精神面において、お前は劣った存在だから、いつまでも私(誰か)から支えてもらわなければならないのだ。

と教える者がいるのです。

彼等がやっていることは、赤ちゃんに対して、「お前は決して一人で歩くことはできないのだ」と教え、信じ込ませ、
ついに、人の支えなしでは歩けない人間に育ててしまったのと同じなのです。

人に対して、これ以上の犯罪があるでしょうか。

彼等がやっていることは、精神面でこれと同じことをやっているのです。

> そして、やっと少し心が開けたのが今の旦那さんでした。
>
> 私は本当に周囲に合わせて生きてきました。今もなかなかその癖が抜けません。
> 自分のハートの声も良く分からなくなってきています。
> そして、そこから変わりたいと思っています。その為には、ハートに従うという強い意思を持って、
> 実際には何を食べたいのかという事から始めようと思っていますが、それでいいのですか?

それでいいです。

体は今の自分の健康に必要なものが何なのかすべて感じる力があります。
人はそれに気づく能力があります。

ある特定の症状のとき、特定のものが食べたくなったりするのです。
あらゆる動物はそうやって身体をよくします。

病気になったら多くの動物は断食します。
人間も食欲が落ちますね。
それは消化吸収に大変なエネルギーが必要だからです。
新たなものを消化吸収するよりも、今体内にある毒を排毒するのに全力をあげようとするのです。

実際に何を食べたいか(食べたくないか)ということを感じ取り、それに従うことは非常にいいトレーニングです。

> 魂は本来繋がっているのだというのは、なんとなく分かります。

そうです。

みんなひとつにつながっています。

誰もがそれを直感でわかります。

真実はすべて直感で理解する能力をみんな持っているからです。

> 霊も天使も悪魔も、もともと一つ。
> ワンネス。
> そして、それは波動が違うだけ。
> 全て学ぶ為の役割。

そうです!そうです!

すごいじゃないですか!

その通りです。

そのワンネスこそ、神であり、その神なる波動の一部が私達なのです。

すべての物質が波であることは、すでに量子物理学では当然の常識です。

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