人生で成功する人は、既存の価値観を越えていく人

思わず生徒を体罰をしてしまった学校の先生からの浄化依頼がありました。

> 普段は、人よりも温厚だと思います。怒鳴って注意している人(教師)を見ると、なにをやっているんだとうと客観的にあきれているのですが、結局のところ、まったく人のことは言えません。というよりも、それ以下です…。
>
> 榎本さんがブログでおっしゃっていました。
> 「相手を支配することは、弱さの表れ」だと。
> そして、
> 何度も何度も同じことが起こるでしょう。本当にあなたはこのパターンをマスターしたのか?
>
> まったく私のことです。突如として感情が高ぶることが、まれにあります。そういう時、暴力的になってしまうことがあります。
> 「何度も何度も挑戦を受けることでしょう。形を変えて挑戦があるでしょう。」これからもあるんですね。

相手に力づくで言うことを聞かせる支配ではなくて、常に
「この子がよりよい人生を送るために私はどのような貢献ができるだろうか」
と問うことです。

時に何もせずに見守ることが一番その子のためということも多々あります。

最近はニューロエコノミクス(神経経済学)という学問があります。

そこでは、人生で成功した人の特徴を調べたのですが、実は親や学校、先生、社会常識に従わない人、圧力に屈せず、自分で信じた道を進める人がどの分野においても成功者の一つの共通点であることがわかってきたのです。

つまり、規則、校則に従え、といって素直に従う子、社会に受け入れられる子は成功しないのです。

それは、成功をする人というのは、今までの世の中にはなかったもの、サービス、価値観を新たなに社会に提供する人だからです。

人間(あらゆる生命)は常に進化する存在です。

進化とは、従来にはなかった価値や知識を世の中にもたらすことなのです。

ガリレオやコペルニクスは「異端者」でした。

飛行機を作ったライト兄弟も「非常識」な人です。

海の果ては滝になっていると考えられた時代に大航海に乗り出した人々も「冒険者」です。

既存の常識に従わない、そういう人こそ人類の地平線を広げ、進化をもたらすのです。

そういう人は「決まりや既存の権威に素直に従う」人からは生まれないのです。

自分以外の何か立派な権威に従わせる教育は、その枠組みの中で生きる「一般ピープル」しか生み出しません。

その既存の権威に所属し、みんなに認められないと「恐怖」を感じる神経回路を持つ「一般ピープル」では成功できないことがわかってきたのです。

なぜなら新しいことをしようとする度に萎縮するからです。

未知の世界に飛び込むくらいなら、よく知っている今の惨めな生活の方がましだと考える神経回路をもつのが「一般ピープル」です。

成功する人とは、誰もが狼狽し総売りになっている市場へ、たったひとり自分だけの判断で勝算をもって買い向かうような人です。

今の世の中のように、平均収入が下がり、年金ではまともに暮していけない時代においては、「一般ピープル」では幸せになれない時代がやって来ました。nenkin

既存のレールに乗っているだけで負け組みになる時代です。

既存の枠を超えて、自分のユニークさ、オリジナリティでチャレンジする人しか成功はつかめない時代になってきたのです。

ですから、先生という仕事はその子の本来の能力を発揮させるために、本当に大きな配慮をしなければなりません。

多くの事に寛容で自由と自主性を尊重しつつ、無秩序にならないようなバランスをとる力量が求められるのです。

立派な教師になるということは本当に偉大な仕事です。

そして、偉大な子供を育てる人が最も偉大な教師なのです。

校長や学年主任にいい評価を受ける先生が偉大な教師なのではありません。

なぜなら、校長や学年主任も、また既存のルールの枠内で生きる「一般ピープル」だからです。

戦後の高度成長を支えてきた人たちは、戦後の無秩序、混乱期を大冒険しながらチャレンジしてきた人々です。

マズローの欲求5段階は東洋のチャクラに着想を得たといわれています。

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日本では高度経済成長を通じて、下の二つの生理的欲求、安全の欲求は満たされてきました。

今までは、いい学校に所属する、いい会社に所属する、そこで認められ、承認されるということが「よし」とされる「所属と承認」の時代でした。

しかし、それは「欠乏欲求」を外部に満たしてもらう段階です。

これからはいい学校やいい会社に就職しただけでは幸せは約束されない時代です。

会社の寿命は私達の寿命よりもはるかに短くなりました。自分自身しか真に頼れるものはない時代です。

「自己実現(成長)」の時代に移り変わってきたのです。

自己実現(成長)の時代とは、たとえ家族や周囲の人々全員が「間違いだ」と言っても自分が信じる地動説を唱え、誰もが「無理だ」と言っても、飛行機を作ろうとすることです。

自分だけの判断、自分の魂にだけに従って生きる人だけが成功できる時代です。

自己実現を目指す人は、何かに所属し、誰かに承認してもらうという「欠乏欲求」を自ら満たして越えていく人々です。

それがすべての人間が本来目指すところです。

なぜなら誰もが本当の自分自身になりたいからです。

ですから「自己実現」(自己成長)が最上位なのです。

「所属と承認」とは、誰かに自分をあわせ、誰かに認めてもらうことです。

その人自身のユニークさよりも、どこかに属し、誰かに認められることが大事なのです。

その人自身であることより、どこかに属し、エライ人に認められることの方が価値のある時代だったのです。

しかし上の年金の図を見てもわかるように、今の組織のエライ人たちは勝ち逃げできるかもしれませんが、今の子供達にそれはもう通用しません。

今の子供達は自ら成長し、自己実現して道を切り拓くしか幸せはないのです。

いよいよ日本は「所属と承認」だけでは幸せになれず、「自己実現」(自己成長)を遂げなければ幸せがつかめない時代がやってきました。

これは社会の正常な進化です。

ですから、親も先生も、子供や教え子が自分を越えて成長していくように育てなければならなりません。

それが真に子供を思う親であり先生です。

子供が反抗し、言うことを聞かず、自分の意見を持ち始めたら、内心「しめしめ」いい感じに自分を発揮し始めたぞ!と思わなければなりません。

それには、親や先生である自分の考えと違うことを子供が言ったら「うん。それも一理あるかもしれないな」と寛容に受け止める度量が求められるのです。

そして、そのような寛容さを持つ親や先生に対しては子供は無意味な反抗はしないものです。

このわからず屋の大人たちの世界で、子供たちは、この先生はよき理解者であると気づくからです。

権威に対する抵抗は、「所属と承認」から「自己実現」(自己成長)へ羽ばたこうとするすべての人が持つ「健全な欲求」なのです。

すべての人々は偏見や先入観を持っています。

江戸時代には江戸時代の、明治には明治の、戦前には戦前の、現代には現代の偏見や先入観が必ずあります。

時代を変えていく人々は必ず前の時代の偏見と先入観を越えていく人々です。

フランシス・ベーコンはそれらの偏見や先入観を「イドラ」と呼びました。

政府が「ただちに影響を及ぼすものではない」と言っているから、
○○大学の教授が食べても安全と言っているから、
ローマ法王が地動説は間違いと言っているから、
○○先生がこう言っているから。
・・・
いつの時代にも権威による偏見や先入観は必ずあります。

親や先生というのは、子供や生徒に対して自分のもつ価値観先入観・価値観を押し付けがちです。

それに従わないと、内申書を悪く書かれ、魔女狩りにされ、裏切り者認定されるのです!(笑)

自分が今まで得てきた「所属と承認」を失うことは、ガリレオでも大変な恐怖であったに違いありません。しかしそれでも地球は回っているのです。

また今まで自分が所属し、承認を得て生きてきた人は、自分だけが自分の人生の権威となる「自己実現」(自己成長)の道をまだ歩いたことがないのです。自分以外に権威をもたず、自分の魂だけに従って歩く「自己実現の道」がどんなものかわからないのです。

ですからその親も先生も「よかれ」と思って、自分が知る安全な生き方に従わせようとするのです。

しかし、今や「安全な生き方」が「一番危険な生き方」になりました。

自分の所属する社会のルールに従わせる「善意の抑圧者」を演じるのではなく、その子が自分の感性、自分の判断力、自分の魂を頼りに、これからの既存のルール通用しない時代、その子が本当に幸せな自分の人生を自分で切り拓けるような子供にぜひ育てていきましょう。

それが本当の「生きる力」です。

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