子供の家庭内暴力を防ぐ3つの条件

子供が何かにつけて自分の思い通りにならないと、キレて怒鳴り散らし、周囲の大人があわててその子の要求を満たしていると、家庭内暴力につながります。

「自分の要求をキレて通す」という方法をすっかり身につけてしまったからです。

時々「おもちゃ買って~」とダダをこねている子供がいます。

そういう時には絶対に買い与えません。

マイナスに訴えて、自分の意志が通るということを絶対に覚えさせてはいけません。

そういう時にはあえて買いません。

むしろ誕生日とか、何かいいことをしたとか、プラスの時、プラスの行動にいいことがあるように気をつけます。

その行動をいつもしつけることを、躾けといいます。

それはマイナスの行動にはマイナスが、プラスの行動にはプラスがあるという当たり前のことを子供に教えることです。

ダダをこねる子供におもちゃを買ってあげることは実に簡単なことです。

しかし、それは目先の幸せであり、その子の人生を見通したとき、「自分の要求をキレて通す」という方法を身につけてしまっては幸せになれないから、その子のために買い与えないのです。

「自分の要求をキレて通す」人は、友達関係でも、恋人とでも、結婚しても必ずその方法を使います。それしか方法を知らないからです。

「自分の要求をキレて通す」人には本当の友情も、愛も育めないし、家庭を持っても壊してしまいます。

私は「自分の要求をキレて通す」人が家庭内暴力を振るい始め、成人して犯罪を犯し、今では刑務所に入っている人を知っています。

それもただ子供が「自分の要求をキレて通す」ことを親が容認してしまったという一点にあります。

さて、それを教えるのは早ければ早いほどいいのです。

子供が「おもちゃ買って~」とダダをこねている時に、買い与えないのが一番いいのです。

これを放置すると、やがて「金出せ クソババア!」と言うようになります。

一度これに応じたら、次に渋ると親の髪の毛を引っ張りながら「金出せ クソババア!」と言うようになります。

もう子供は暴君であり、親は卑屈な家来です。

これを止めるには、子供が「自分の要求をキレて通す」時に絶対に応じないことです。

その時に親が勝つための条件が3つあります。

1、親(自分自身)が「自分の要求をキレて通す」人ではないということ。
ご主人や奥さんに向かって、怒鳴ったり口やかましく言うことで自分の要求を通そうとする人は、自分が「自分の要求をキレて通す」人であり、
この親あって、この子ありです。
子は親の鏡です。
子供は自分の真の姿を見せてくれているだけであり、まず自分を改めることが先です。

自分自身が「自分の要求をキレて通す」人なのに子供に、それはダメだと言って通用するわけがありません。

2、愛から言うこと。
自分の思い通りに子供に行動させたいがために、自分のエゴのために子供に行動を変えさせよう怒っても子供は絶対に言うことを聞きません。
何かのエゴに対して、自分の自由を守るために戦うのは、人間の本能です。
「親の言うことを聞けんのか」とか「誰に飯を食わしてもらっているのか」という権威主義的な脅しは通用しません。
小さいうちは子供は無力であり、親の横暴に屈するかもしれませんが、思春期になれば、手に負えなくなるほど反抗します。
それは親が自分のエゴを子供に押し付けようとしているからです。

通用するのは、エゴではなく愛から出た言葉だけです。

「お父さんは今まで間違っていた。申し訳なかった。しかしこれだけはお前の幸せのために絶対に譲るわけにはいかん。と「自分の要求をキレて通す」子供の前に愛で立ちふさがることです。

親には何のメリットもないことを、ただ単に子供の幸せだけを思って言うことです。

自分のエゴを子供に押し付けようとしても、子供は絶対に受け付けませんが、そこに子を思う真の愛がある時、子供は暴力の手を緩めるのです。

3、覚悟をもって言うこと。
結局「自分の要求をキレて通す」子供とそれをやめさせる親との根比べです。
おもちゃを買って子供の機嫌をとろう、子供に好かれようと「自分の要求をキレて通す」子供に屈した瞬間、親が負けたのです。
その後ずっと負け続けるのです。

どこかでそれを逆転する必要があります。

それを逆転するためにはぐっと腹に覚悟を決め、「お父さんは今まで間違っていた。申し訳なかった。しかしこれだけはお前の幸せのために絶対に譲るわけにはいかん。」と「自分の要求をキレて通す」子供の前に愛でもって立ちふさがることです。

そして、どれだけ子供がキレようが泣こうがわめこうが、暴力をふるおうが「お父さんは今まで間違っていた。申し訳なかった。しかしこれだけはお前の幸せのために絶対に譲るわけにはいかん。」とバカみたいに繰り返し真の愛をもってボコボコになりながら立ちふさがることです。

そして、いつか子供は自分の暴力は、親の愛に勝てないと根をあげるのです。

自分に対して愛しか持っていない人をたたき続けることはできないのです。力が抜けてしまうのです。

その後何回か親を試すようなことがあるかもしれませんが、親の固い意志を思い知り、子供は「自分の要求をキレて通す」という方法を諦めるのです。

ひとりの子供の人生が幸せに向けて大きく舵を切ったのです。

その時はわからなくても、子供が大人になった時、親があの時ああしてくれて本当によかったといつか感謝する日が来るのです。

今は理解されなくても、子供の幸せのため、時にあえて憎まれ役を買って出るのが本当の愛です。

その人の人生はすべてその人の「考え、言葉、行動」でできています。
その結果である今の自分の人生を変えたければ、自分の望む結果を得るために、自分の「考え、言葉、行動」をどう変えればいいのかという「気づき」が大切です。

私の遠隔浄化では、浄化とともにそのような「気づき」を大切にしています。

「自分で自分の事をくずだとか、最低だとか情けなくて死にたいとか」思っている【中高生のみなさん】あなたの方が必ず進化した存在です(2017年6月30日)

遠隔浄化やアドバイスのご依頼、ご相談はこちらから。

家庭内暴力の遠隔浄化やアドバイスの事例を追加しました。( 2016年11月9日 )

「夕方6時頃、昼寝から目覚めた直後に胸痛があり、イライラしてテーブル上の物を手で払ったりしましたが、そのイライラもほどなく収まり、その後 過呼吸や胸痛もなく、今に至っています。
夜はあまり眠れなかったとは言っていますが、
ここのところの 苦しそうに顔を歪めながら
起床後 部屋から出てくるといったようなことはなく、普通に起きてきました。

自分の部屋は落ち着かないと言って、リビングに居ることが多かったのですが(リビングも落ち着かないようですが、自室よりマシとのこと)、昨晩は部屋にこもって、趣味のベースを練習したりしておりました。

発作は減ったと思います。なんだか不思議な感じがしています。。。」( 2016年9月24日 12:10)

> お金も凄く使います。強引にせびることはしませんが、祖父母や、おじから頻繁に小遣いをもらって、散財しています。
>
> そんな生活は本当にストレスの発散になるのでしょうか?
> 今は仕方ないことなのでしょうか?
>
> 何が正しいのか全くわかりません。

> アドバイスをしていただけたら幸いです。

私はそのように簡単にお金をもらい散財することに反対です。

子供のころに簡単にお金を手にする習慣がつくと、まじめに仕事をして自分でお金を手にし、大切に使うという習慣が身につかないのです。

簡単にお金を手にしたいばかりに最終的には強引にせびりだし、それもままならないと社会に出てそういうことをする人もいます。
私の知っている人で最終的にそういう性格が高じて刑務所に入った人までいます。

子供に簡単にお金を与えるべきではないというのが私の考えです。

ちなみにうちでは、小遣いは額は少なく、外食は旅行などは親が一緒の時だけです。
自分の小遣いは節約して工夫して使う習慣をつけさせます。

そして高校に入って小遣いは成績連動性にしました。

自分で勉強法などを創意工夫して、成績をあげれば、小遣いも増え、成績が下がれば小遣いも下がります。

社会ではよかれ悪しかれ、仕事ができれば報酬もあがり、仕事ができなければ報酬は下がりますので、それを身につけさせるためです。

ただ、親子関係というか愛情は、成績の上下に関係なく常に示し、誕生日や何かいいことがあるとみんなで好きなものを食べにいくなど、
成績がすべてではないということは肌で理解できるように気をつけています。

そうすると情緒が不安定になることもありません。

自分の工夫で成績があがることを知ると、自信もつきます。

うちでは、自転車で旅行したり、海で泳いだり、釣りをしたり、庭で野菜を作ったり、お金はかからないけどやれば楽しいことをたくさんやるようにしています。

世の中ではお金をそんなに使わなくても楽しいことはたくさんありますからね。

お金は大切ですが、決してお金がすべてではなく、お金以外に大事なことがたくさんあるということを教えることも大切です。」( 2016年9月28日 11:07)

「すでに 「簡単に金が手にはいらねぇかな~」とか「学校から慰謝料をもらえ」などと口にしているので、手遅れになる前に、何とかしたいと思います。

お金をかけずとも、楽しいと思えることが見つかってくれると良いなと思います。
私も探してみます。

榎本さんの返信を見て、ハッとしました。
ありがとうございました。」

> 今日か、明日に自宅に戻ってくる予定です。
> また発作を起こし、暴力的になるのかと思うと、不安で一杯になります。

「あなた体調が悪いのはわかるけど、それと人に当たるのは別でしょ。」と毅然とした態度をとることです。

そして、体調が悪い時は、面白くなく、体調がいい時にメリットがあるようにしてください。

学校を休むと、家でおやつを出してもらい、テレビや漫画を見て、ゲームし、好きなものを食べさせてもらっていると、
「これは病気になった方がいいぞ」ということを子供に刷り込んでしまいます。

病気の時は、何もできず、おかゆしか食べらず、退屈だから早くよくなって学校に行って友達と遊びたい。

そう思わせるのです。

そうすると、家にこもるよりも、学校や社会で活動する方が好きな子に育ちます。」(2016年9月30日 14:15)

「そうですね。毅然とした態度、必要ですね。私はこれが、全く出来ていません。怖いのです💧
でも、そうは言っていられませんね。しっかりします。

確かに 学校を休んで家にいることが 退屈で苦痛なら、学校へ行こうと思うのかも知れません。
腫れものを扱うように、あれやこれや世話をすることも辞めようと思います。。。」

「何が怖いのですか。

 自分の子供ですよ。

 厳しさも愛情です。

 叩けるものならたたいでご覧なさい!とすごめばいいのです。」( 2016年9月30日 14:42)

「生活を支えているのは親なのですよ。

 社会で言わば、スポンサー株主は親なのです。

 親がオーナーなのですよ。

 親が社長です。

 それが、従業員にへこへこするようでどうしますか?

 家庭の主権は生活を支えている親に絶対になければいけません。

 悔しかったら自分で自立して金を稼ぎ、自分でオーナーになれ。

それまではいい思いはできないということをはっきりさせないといけません。

 なにもしていないのに大きな顔ができるほど、おいしい立場はないのです。

 誰がそんなおいしい立場を手放しますか?

 それを許しているのは親なのです。」( 2016年9月30日 14:42)

「> 今も 学校の愚痴がはじまり、そっと離れたところ、悶絶がはじまりました。

 ぜひ、そっと離れてください。

病気になり、愚痴をはじめると「気にしてもらえる」からそうするのです。

それをしても何のメリットもないということを教えてあげてください。

すなわち、そういうマイナスのアピールには注意を与えないということです。

そっと離れるというのはいいですよ。

そういうことでは誰の注意も引けないという状況をしばらく保ってくださいね。

そして、普段から愛情を示すのですよ。愚痴や病気のときだけ普段よりも愛情をかけてはダメなのです。むしろ自分に自信を持ち、健康で、思いやりがあるとき、愛情をかけるのです。普段の時です。」(2016年10月16日 15:30)

「毎日毎日すいません。

浄化をお願いすると、○○の激昂が早く
おさまる気がします。
助けて下さい。
お願いします。」(2016年10月17日 19:57)
「> 今は、イライラがピークなようで、
> 学校の先生方の殺し方や友達の殺し方を 、
> 1人ずつ説明しています。

 あなた殺して刑務所に入るつもり!

お母さんの目をみなさい。

あなたがそんなことを言うのなら、今から一緒に警察に行って一緒に刑務所に入ります。

それがあなたのためよ。

私は人殺しを育てた覚えはありません。

いい加減にしないさい!

と言ってあげてください。」( 2016年10月17日 20:16)

「 (別の進路を検討して)
>期待していたものとは違い、
> 逃げ道にしたかったようですが、
> 逃げ道にならないと感じたようで、
> 今はもう どうしていいのかわからずに
> ため息をつくばかりです。

ああでも、それはすごくいいじゃないですか。

逃げ道にしたかったけど、逃げ道にならない。やめておく。

何かそれよりもいいものを求めている。

何らかの幸せになりたい気持ちがあるということです。

要はその幸せになりたい気持ちを勇気づけ育て、大きくしていくのです。

それさえあれば、人を殺しても自分の幸せにはつながらないということがわかるようになります。

それにはお母さんが幸せなことが大切なのです。

ご自分は幸せで満たされていますか。

何でも伝染しますからね。

お母さんが幸せなら、幸せが子供に伝染するのですよ。

一番身近なお母さんが心から幸せであることが大事です。」( 2016年10月22日 22:40)

「○○は今日もだいぶ荒れましたが、先生の家庭訪問後に 少し落ち着きました。
キレても仕方ないのはわかっているんだけど…。と言っていました。

落ち着くことができたのは
浄化していただいたおかげだと思います。」(2016年10月27日 22:46)

「お母さん自身が回りはどうであれ、明るく幸せな太陽になる必要があります。
そうすると子供もその太陽で心が暖まるんですよ。」(2016年10月27日 22:57)

> 8月に、こども病院を受診した際、もしかしたら、発達障害があるかも知れないとのことで、先日 心理検査を受ける予定でいましたが、直前に具合が悪くなり キャンセルしてしまいました。
> その結果次第では、今後の対応の仕方が変わってくるものだったのかも知れませんが、
> わからずじまいでいます…。

仮に発達障害だったとして何だというんです?
大人も大なり小なりみんな不完全です。
みんな発達障害ですよ。
そんなレッテル貼るもんじゃありません。

子供の無限の可能性を親が見てあげなければ誰が見てあげるんですか!」( 2016年10月28日 17:57)

「先ほどいただいた返信、とっても嬉しかったです。
発達障害なんて、確かに誰にでもあてはまりますよね。
子供の無限の可能性を親がみてあげなくて、誰がみるのか。本当にその通りです。
もやもやしていたものが、パァーッと晴れました。

私は 明るく 楽しく よろこびに満ちた状態を保てるように前向きになろうと思います。

私は幸せです。

子供にも 迷いなく、言ってみます!」( 2016年10月28日 18:28)

「>先生にひどく怒られたことや、中学校の時の 明るかった自分が変わってしまったことで 過呼吸になったり、自律神経が乱れたりして
> 学校が嫌になったんです。
>
> そうなってしまったのは学校のせいだと言っています。

そんなことを言っても始まらない、世の中にはひどく怒る先生もいる、戦争もある、地震もある、津波もある。
それが現実です。

それがどうした!

そこで生きていくのが人間です。

いつまでそんな先生に怒られたみたいなつまらないことに振り回されているもりだ。

先生は関係ない。

お前の受け止め方が悪い。

社会に出たら、その先生より意地悪な人は何万人もいるんだ。

泥棒もいるし、強盗もいる、殺人もある。

それがどうした。

そこに生きていくのが人間です。

先生に怒られたようなとるにたらないことをいつまでもぐちぐち言っていてもしょうがないということを教えてください。

理不尽なことがあるのが世の中です。(その先生が理不尽だったかどうかはわかりませんが。)

やりきれないことがあるのが世の中です。

それがどうした。ですよ。

そんなことを気にしていたら生きていけません。

そんなことはどうでもいいことです。

戦前戦後を生き延びた人の話を聞きに行くといいです。

私は子供を知覧の特攻記念館に連れていきましたよ。

どんなに理不尽でも、自分の命まで捨てなければならない人もいたのです。

先生に怒られたくらの小さいことでウジウジ言うな!ですよ。

そんなことはどうでもいいことです。

それを教えてあげてください。」(2016年10月29日 15:59)

> 浄化ありがとうございました。
> 先ほど、○○が起きてきて
> だいぶスッキリしたと言い、
> 今、ご飯を食べています。
>
> ○○も良くなった気がする  と
> グレープフルーツを食べました。
>
> 安心しました。
> ありがとうございました。

了解です。

ふたりをささいなことで、本当にうれしい喜びを込めて誉めてください。

あらぁいっぱい食べたわぇ お母さんうれしいわぁ

あら!おちゃわん運んでくれるの お母さんうれしいわぁ

ご自分が先に喜びに満ちてくださいよ。

その喜びを、誉め言葉と共にふたりに伝えるのです。

「喜びを伝える」ことに意味があります。

やってみてください。

まず、自分が喜びに満ち、できるだけ、多くの機会をみてふたりにそれを伝えてください。

ささいなことで喜ぶのです。」(2016年11月1日 15:07)

「わかりました!
ささいなことでも
2人によろこびを伝えます!!

ありがとうございます!」(2016年11月1日 15:10)

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