人が失敗したときとか、笑えてきたり、ざまみろと思うことがあって、自己嫌悪になります。

ラインで、人が失敗したとき、笑えてきたり、ざまみろと思うことがあって、自己嫌悪になるとご相談をいただきました。

よく観察してください。

比較は「思考」です。

しかし幸せ、喜びは「感じること」なんですよ。

そして、「思考」では幸せになれないんですよ。

例えば彼氏が「ぼくはあなたを愛してると考えている」と言ったらおかしいですよね(笑)

愛というのは「考える」ことじゃなくて感じることです。

そこに「フィーリング」があることが大事です。

喜び幸せもまた「感じること」です。

比較は「思考」です。考えることですね。

そして「思考」にはまり込んでいるとき、常にライバルは登場し続け、一生安らぐことはありません。

自分の人生から「比較」という思考を落としてしまうことなんですよ。

そして自分が楽しく感じることを、喜びを感じることをすればいいんです。

そうすると自分だけのことだから常に楽しいこと喜びあふれることはあるわけです。

まぁ私が紅葉を見たり、ソーラーでパンを焼いたりするようなことですね(笑)

「比較」を落とし、そんな風に生きると毎日とっても楽しいですよ!^^

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『人が失敗したときとか、笑えてきたり、ざまみろと思うことがあって、自己嫌悪になります。』へのコメント

  1. 名前:熱いぜS! 投稿日:2018/12/01(土) 12:39:34 ID:0ece6db7f 返信

    そうですよね。比較って本当に罠と言いますか・・・。
    私もずっとはまり込んでいました。「こんなに私一生懸命働いてるのに、なんであの人たちは働かないんだろう。もっと働いたらいいのに・・・」とか。(笑)
    今も勿論外野からは言われますよ。会社で仕事をしていると比較の嵐です。取引先もそうですし、関わってくれる方々ほとんどがそうです。
    でも、「そうですねー」と聞き流すことが出来るようになりました。
    その人がたとえ同じ会社で働く人であっても、就業時間の中で、どれだけこなすかなんて、もうどうでも良くなっています。その人はその人。私は私。目標がありますから、そこを見据え覚悟して動く動く進む進む。
    同じ空間にいても既に同じ次元には居ない。そんなことが現実に起きています。
    それは面白い空間です。

  2. 名前:榎本 投稿日:2018/12/01(土) 15:46:27 ID:609f82bf6 返信

    比較は罠ですね~

    例えば親が、「○○ちゃんはできるのにどうしてあなたはできないの?」みたいな比較をするともう、先で親子関係がギクシャクするのは確定です。
     そもそもその子は○○ちゃんじゃないし、その子より何かがもっとできる○○ちゃんはいくらでもいるからです。
     親が比較を始めると子どもは決して終わることのない無限のストレスに陥ることになるのです。
     そして親子関係がギクシャクし、場合によっては反抗とかもありますね。
     言うことを聞かない。まぁ「聞けない」のですが。

     ですから子どもも「当社比」で接しないといけない。

     まあ会社というのは同業他社との比較で月次目標などを決めていきますからね。
     ある意味いつまでたっても「完成した!よかった」というのはないですね。

     ある意味永遠のストレスです。
     無限地獄ですね(笑)

    >同じ空間にいても既に同じ次元には居ない。そんなことが現実に起きています。
    それは面白い空間です。

     それがずっと続くと、やがて周囲の人が移動したり、自分が職場を変ったりします。

     もう周囲とは「類友」ではありませんからね。

     それが人生を変化させる方法ですね。

     

     

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