2015年以降、世界的な感染症の流行と食糧不足、大恐慌を想定しておいた方がいい。

「ひので」は2006年9月23日に打ち上げられた日本の太陽観測衛星だ。

2012年4月19日にその最新の研究成果が自然科学研究機構・国立天文台から発表されている。

 国立天文台太陽観測所の観測によると、通常11年周期で増減する太陽黒点の「過去7サイクルの黒点数推移を重ねて表示すると、今サイクルだけ太陽周期が異常に長くなっている」(赤が今回のサイクル)

 過去2000年間のデータから、太陽活動が低いと周期が13年から14年に伸びることがわかっている。西暦1600年以降ではマウンダー極小期とダルトン極小期がそれにあたる。

 国立天文台太陽観測所では、この「事象は、マウンダー極小期、ダルトン極小期の開始前後に発生していたと推定され」るとしている。

  北半球の平均気温はマウンダー極小期では-0.6℃、ダルトン極小期では-0.5℃低下した。   日本(京都)の冬の気温はマウンダー極小期では-2.5℃、ダルトン極小期では-2.5℃低下した。

 ヨーロッパではマウンダー極小期には気候が寒冷化し、経済活動が停滞し、ペストが大流行して飢饉が起こり、英蘭戦争三十年戦争をはじめとする戦乱の多発によって人口が激減したため、「危機の時代」と呼ばれた。

 日本では江戸四大飢饉のすべてがマウンダー極小期とダルトン極小期に発生している。

寛永の大飢饉(1642年~1643年)全国的な異常気象(大雨、洪水、干ばつ、霜、虫害)

享保の大飢饉(1732年)冷夏と虫害

天明の大飢饉(1782年~1787年)浅間山、アイスランドのラキ山噴火による冷害

天保の大飢饉(1833年~1839年)大雨、洪水、冷夏、稲刈りの時期に降雪の記録あり。

特に天保7(1836)年はコメが平年のわずか10%しか収穫できなかった。

 以下は当時の様子を示す資料。

「ある日、子供を背負っていつものように、山野にわらびの根を掘りに出かけた帰り道、河久戸の川端にさしかかり、急に背中の子を降ろし、川に投げ入れようとしたが、どうしても恩愛のきずなが切りがたかった。再び抱きしめ、さめざめと泣いた。その子は食べ物を欲しがるために捨てられようとしていることを悟ったものと見え、しっかりと母親に抱きつき、涙を流して母を呼ぶ。「これからは食べ物を欲しがらず、空腹でも叫ばないから許してよ」と、大声て泣き叫べども、心を鬼の母はついにその子を川に投げ入れてしまった・・・・・」 

 気温と作況の関係は以下のようになっている。

 上記の1993年(平成5年)の全国から米が消え、タイ米を食べなければならなかった米不足は記憶に新しい。現代でもわずか-2℃で米は60%も減収する。

 また、ウィリアム・ジェヴォンズは太陽黒点が少なくなると経済活動が落ち込むことを発見し1876年に、科学雑誌『ネイチャー』に「商業恐慌と太陽黒点」という論文を発表している。 

 

 上の太陽黒点数と下のアメリカの非農業部門生産指数のグラフの動きは驚くほど一致している。

 このグラフの右端1930年は、前年に始まった世界大恐慌の年だ。

 国立天文台太陽観測所によると、今回の周期は2009年が底となっている。13年前後のサイクルとすると、6年間2015年頃までは黒点数は上昇過程にある。

 今年2012年現在、ユーロもアメリカも日本も巨大な借金を抱えながらも、金融緩和でごまかしながら問題を先送りしている。 

 しかし現在経済活動が活発になる黒点の上昇過程にあるにも関わらず、既にスペインでは失業率が25%を超え、世界大恐慌時のアメリカ並になっている。

 今の金融緩和による問題の先送りは、いつ破裂してもおかしくないが、黒点数が下降局面に入る2015年以降、もはや持ちこたえられない可能性がある。

 1929~1932年の世界恐慌時、株価は80%は下落し、世界の貿易は70%減少し、企業の売り上げは50%減少し、アメリカの国民所得は40%以上減少した。

 私自身は最終的に世の中はいい方向に向かうと考えており、極めて楽観的だ。しかし寒い所に出かける時は暖かい服をもっていって楽しむことだ。

 2015年以降、世界的な感染症の流行と食糧不足、大恐慌がやってくることを想定しておいた方がいい。これまでの観測事実はそれを示している。

 寒さが予想されるのに、暖かい服をもっていて、寒くならなければ「何だぁ、でもよかった!」で済むが、用意がなれば命にかかわる。

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