千と千尋の神隠し主題歌【いつも何度でも】ロシアのチェルノブイリで被災したナターシャの歌で初めてこの歌詞の深い意味を知った

大好きな曲、モーツアルトのアヴェ・ヴェルム・コルプス

ヨーロッパなどに行くと教会を訪れる人は多い。

私もスペイン巡礼するくらいだから、教会を訪れるのはわりと好きで、パイプオルガンが演奏されていたり、聖歌が歌われていると、思わず長椅子に座って聞き入ってしまう。

これは私が大好きな曲のひとつ、モーツアルトのアヴェ・ヴェルム・コルプス。

最近はフランスの教会で千と千尋の神隠しが歌われることも

最近はフランスの教会で、千と千尋の神隠し主題歌【いつも何度でも】が日本語でリラックスした雰囲気の中で歌われたりしている。

中盤以降では日本語で合唱しているので、本当に多くのフランス人が日本語のままでこの歌を愛していてくれている。

何というか、国境を越え、言葉を越え、同じものを感じてくれていることがうれしい。

そして終わった後の聴衆の拍手もまたうれしいね。

千と千尋の神隠し【いつも何度でも】ロシアのチェルノブイリで生まれたナターシャの歌で初めてこの歌詞の深い意味を知った

この千と千尋の神隠し主題歌【いつも何度でも】は結構世界中で愛されているようで、ロシアのチェルノブイリで被災したナターシャがそれは見事に歌っている。日本語も本当に上手だ。

チェルノブイリ原発事故当時、彼女は6歳で原発から3.5kmのところに住んでいた。

「事故が起こったのは夜中だったので、ほとんどの人たちが、そんなに大きい事故が起きたとは知りませんでした。

そのため、次の日は普通に生活していました。子供たちが学校に行き、お母さんたちが小さな子供たちを連れて、一日中外で遊んでいました。そして、一日中目に見えない放射能を浴びていました。

事故のことを知らされたのは、その次の日でした。

「大したことが起きていません。」

「でも念のために避難してください。」

「三日間だけ避難してください。」

「三日後に必ず帰ってきますので、荷物を持たずに避難してください。」

そう言われて、私たちはみんな荷物を持たずに街を出てしまいました。

でも、三日経っても、1か月経っても、そして20年経ってもその街には戻ることがありませんでした。

子供のころ、毎日遊んでいた美しい森も、たくさんの思い出がつまった家も、放射能のせいで、壊されて、土の中に埋められました。

今そこには何にも残っていません。

かつて、命が輝いていた街は死の街になってしまいました。

あの恐ろしい事故で、私たちが失ったのは故郷だけではありません。

とってもたくさんの人が亡くなっています。

私の友達も、何人も亡くなっています。

そして当時、私と同じように子供だった人たちが、もう大人になり、結婚したり、子供を産んだりしています。

そして新しく生まれてくる赤ちゃんたちの健康にも、異常があります。

人間は忘れることによって、同じ過ちを繰り返してしまいます。

悲劇を忘れないでください。

同じ過ちを繰り返さないでください。

そう願って私は歌を歌っています。

この歌もそんな気持ちでお届けしたいと思います。

とってもかわいらしい曲なんですが、とても意味の深い歌詞をもっている曲です。

「いつも何度でも」

演奏は5分30秒付近から

何といいますかね。

これはもう現代の聖歌ですよ。

私は今まで何度でもこの曲を聴いたことがあったはずだが、ここまで深く胸に響いてきたことはなかった。

(日本人軽く歌いすぎ!最近ナターシャほど丁寧に日本語を使う日本人にあったことがない)

ロシア人のナターシャの歌で初めてこの歌詞の深い意味を知った。

困難な時代をくぐりぬけても、世界最高の文学を生み出してきたロシア人の言葉に対する深い感性と、ロシアの良心は今も健在であると知り、うれしくなってしまった。

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